白銀楼物語 スピンオフ (更新中)

団結すれば吉2

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 元々寡黙なのにそれにも増して口数が少なく、唇を真一文字に結んで眉間に皺を寄せている友人の姿に、信はすぐに異変を察知した。
「何かあった?」
 案の定、相手は黙り込んだまま答えない。しかし、首は振らなかった。
「またシフト無理やり入れられた? 従業員とトラブった? それとも客と何かあった? 体調不良?……もしくは、私がまた失言して不愉快な気分にさせてしまったか?」
「………」
 章介はやはり口を開かなかったが、顧客の話題を出したところでほおがピクッと動いたのを信は見逃さなかった。そして、放っておけない問題到来だな、と思いつつ、確認した。
「客だな? 何かされた? 言われた?」
 友人は〝言われた?″の方に反応した。ひとまずホッとしつつ、調査を続ける。
「マブにしろって言われた? 身請け話が持ち上がった? 不愉快な言葉をかけられた?……それとも、無茶なことを要求された?」
 相手は意外にも最後の一言で反応を見せた。信は、章介の、自分が把握していなかった非常識な客の存在に若干衝撃を受けつつ、詳細を聞いた。
「痛いことさせろって言われた? ヘンな服着ろって? それとも道具?」
 するとここで初めて右側、畳の上で姿勢を正して山岳地図を見ていた章介が顔をこちらに向けた。
「………〝させろ″じゃない……〝しろ″だ……」
 彼はそう言うなり赤面して、また地図に目を落とした。
「あ、そっちか」
 それなら心配ないな、と一気に肩の力を抜いた信の様子を見てとって、章介が少し不満げにぼそぼそと言った。
「……たいしたことないって、言いたいのか……?」
「いや、ごめん。そんなことないよ。逆はないんだな?」
 このとき既に、緊縛と道具の使用がお好みの特殊性癖の男を客として受け入れていた信は、その点をどうしても確認したかった。そういう行為がどれだけ精神と身体に負担をかけるかを、身を以て知っていたからだ。
 答えは否だった。信はホッと息をつき、こちらを見ようとしない章介の横顔を観察しつつ、続けた。
「で、どうしたいんだ? 客の要望に応えたいのか、それとも放置するのか?」
 信は相手が当然後者を選ぶものと思ってそう聞いた。しかし予想に反し、章介は要求に応じたい、と答えた。
「……できることはしたい、と思っている……世話になっている相手だから……」
「もしかして穂村さまか?」
 信はそこでピンときて、章介が信との会話で唯一話題に上らせる馴染みの名前を口にした。三十半ばの、わりと本格的な登山を好むらしいその客と、章介はよく秩父や奥多摩に山登りに行っていた。登山道具を揃えてくれたのも、遣り手を説得して入手困難な玉東区外外出許可証――通称青紙――を手に入れてくれたのも穂村だと、章介にしては珍しく興奮したように、そして嬉しそうに語っていたから記憶に残っている。
 信の読み通り、今回〝無茶″を要求してきた相手は穂村らしかった。
「そうだ………よくわかったな」
「まぁ、章介が懇意にしているといえば彼か佐竹さまくらいのものだし。なるほど……じゃあ週明けに本屋にでも行こうか」
 実は基本的な縛り方や、口枷の装着の仕方などは既に実地で学んでいたのだったが、そういうタイプの客を受け入れていることは章介には絶対に秘密にしておきたかった信はそう提案した。
「そういうのの専門書というか指南書?があるから。見たことあるだろ? 本の背の部分をって意味だけど」
 信の問いに、章介は本当にわずかに顎を引いた。信はそれに頷き返し、一件落着、と読書に戻った。章介の言葉責めなんて想像できないな、と内心思いながら。



 翌週の月曜日、〝教本″を入手した章介は――店頭で買ったのは信だったが――、その実践のために四苦八苦していた。縛られ役を買って出た信の身体を拘束しようとするのだがなかなかうまくいかない。
 信は相手の奮闘ぶりを微笑ましく見守りながら、ロープの位置を本を見るフリをしながらアドバイスした。
「……その裏に回した縄を首の輪っかにひっかけて前に回すんじゃないか?」
「なるほど……こうか?」
「うん。結び目と結び目の中間に来るように……」
「わかった」
 章介は従順に頷き、言われた通りにした。当然、シンメトリーになるはずの菱形は歪だったが、初回でこのくらいならうまい方だな、と信は内心思った。
 章介が四苦八苦しながら、それでも信への配慮を忘れずゆるゆると縄を回してゆくのを眺めながら――締める、というより回す、という表現がしっくりくるような緩い縛り方だった――、この友人が、かつて同じことを信にした客たちに比べてどれだけ優しいかについて思いを馳せていると、やがて章介は後ろに回って最後の仕上げにかかった。
「よし……!」
 わずかな圧迫感と共に腰のあたりで縄が結ばれた感触がした。章介は作業を終えるやいなや後方に飛びすさって信から距離をとった。
「完成だな、亀甲縛り」
 信が、友人が小一時間かかってやっと完成させた縛りを見下ろしたあと、振り返って言うと、相手は耳元まで真っ赤になった。
「じゃあ手も縛ろうか」
「?」
 信の言ったことが理解できない、といった表情をした青年に、彼は笑顔で畳みかけた。
「これだけじゃ拘束できてないだろう? 教本読んだか? 後手縛りとの併用が基本って書いてあったぞ」
 章介はしばらく逡巡していたが、最終的には信の言うことに従った。相手は新たな縄を手に取ると近くに来て、信の両手を後ろで拘束し始めた。
 武骨な指が、肌に触れないよう細心の注意を払いつつ、縄を巻きつけてゆく。何度も身体の周りを回るその指を観察しつつ、自分もこういうスキルをそろそろ身に着けるべきだろうか、と信は自問していた。
 部屋に明るい陽光差す真っ昼間から友人と拘束の練習をしていることにもはや違和感はない。ここがそういう場所だからだ。信は一瞬、自分が大門の外に出てから一般人としてやっていけるかとてつもなく不安になったが、そのことについて深く考える前に、章介が縄を放りだしたので余計なことを考えずにすんだ。
「ダメだ、わからん……」
「どこ?」
「最初からだ。……今日はもういい。終わりにしよう」
 そう言って章介がさっさと縄を解きにかかったので、信は慌てて相手を止めた。
「ちょっと……もうちょっとがんばろうよ。手首だけでも縛れるように」
「信……もういいって言ってるだろ……」
「ギブか? しょうがないな……じゃあ次は言葉責めだ」
 信はそう言って畳の上に仰臥した。
「こっ……?」
「相手を性的に昂ぶらせるようなセリフを言うことだよ。こんなことされて感じているのか変態、とか、そんな感じ」
 信がそう言った途端、章介は首をブンブン振って、強制的に信の身体を起こさせた。
「もういい。協力してもらって助かった。恩に着る」
 普段ほとんど表情を変えない友人があわあわしているのを見て、ふと相手をからかいたくなった信は言った。
「縛って放置か? 物足りないな。そのあとが肝心なんだよ。ムチとか、蠟とか、言葉責めとか」
「やめろ……信とそういう話はしたくない………」
 いかにも辛そうな表情をする旧友に嗜虐心を刺激されて、信は口元をゆがめて笑った。
「私たち、そんなにおキレイな仲だったか? やることやってるのに何を今更」
「ッ……信っ!」
「ホラ、煮るなり焼くなり好きにしていいぞ。どうせもうもったいぶるような身体でもない」
 そのことばに、章介はそれまでの焦ったような表情を引っ込め、案じるように信を見た。
「信……どうした?……何かあったか?」
「………」
「あったんだな? 客か? 遣り手か? それとも傾城連中か?」
 そこで信は、知らぬうちにこわばっていた全身の力が抜けるのを感じた。彼は笑みを引っ込め、首を振った。
「いや……ただ、先が見えなくて少し……」
 章介にとって〝疲れた″ということばが禁句であることを思い出した彼は、すんでのところでそれを口にするのをこらえた。
「そうか……」
「悪かった……あんなこと言って……本当に、どうかしていたな」
 信の謝罪に章介は首を振って、慰撫するようにその身体を抱きしめた。そしてしばらく無言で信の身体を包んだのち、口を開いた。
「少し寝たらどうだ」
 そう言って身体を離して縄を解きにかかった友人に、信は頼んだ。
「寝入るまででいいからついていてほしい」
「おれも昼寝しようと思っていたんだ」
 縄が畳に落ちる。章介は素早くそれらを片付け、押し入れから布団を二組出して、部屋に敷いた。そして電気のヒモを引き、カーテンを閉めると、横になるよう信を促した。
 信はそれに従いつつ、上目づかいで相手を見た。
「寝るまででいいから抱いていてほしい」
「わかった」
 信のことばが文字通りの意味であることを、章介はとうに理解していた。彼はタンス側の布団に身を横たえた信の横に身体を滑り込ませ、その身体に腕を回した。
 信は、自分より一回り大きな身体に包まれる安心感に浸りつつ、相手にしがみつき、その胸に顔をうずめた。そして胎児のように丸くなって目を瞑った。当然ながら夢見は良かった。
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