白銀楼物語 スピンオフ (更新中)

金城鉄壁より強き・・・ 後編

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 信は自分を認めるなり動揺して入浴セットを取り落とした友人に内心クスリ、と笑って、落ちたタオルやシャンプーの容器を拾って手渡した。そして何気なさを装って声をかけた。
「お疲れ」
 今日こそ返事のひとつでももらえることを期待してそう言ったのだが、相手はこわばった顔を背け、信に背を向けて、最大限離れた場所に移動した。
「何だよアレ、カンジわりーな」
 いつの間にか隣に立っていた大輔が上衣を脱ぎながら言った。
「何か最近ヘンじゃねえ? アイツ、ホントーに喋んなくなったってか……ここ一週間声聞いてない気イする」
「いや、違うんだ、章介は悪くない。私がちょっと……やらかしてしまって……」
 すると、大輔は少し考えたのちにこう聞いてきた。
「やらかしたって?」
「いや………」
「どーでもいーけど、信っていいカラダしてるよなあ。ちょっと触ってもいい?」
 大輔がしげしげと上半身を見てくるので、信は若干怯みつつも頷いた。相手は信の胸板と腹をペタペタと触ってから、手をひっこめた。
「ゴメン、ちょっと今ホモっぽかったな。でもさすがに鍛えてるだけあって、いいカンジに筋肉ついてんな」
「……ありがとう?」
 一応お礼を言うのが正解だろうか、と思ってそう返すと、相手は腹のあたりを凝視したまま聞いた。
「どうやったらそんなにキレイに腹筋割れんの? すごいちょうどいい感じでいいじゃん」
「体質かもな」
 たいして運動しなくてもすぐに筋肉が付くのは昔からだった。節制して菓子類を口にしなくなってからは特にその傾向が強くなり、鍛えすぎて客の不評を買ったこともあった。だから最近は意識して身体を動かしすぎないようにしていた。……結局自分は、他人が鑑賞するための身体を二十四時間体制で造り上げているわけだな、と信はぼんやりと思った。
「いいなー、うらやましー」
 大輔はそう言うと、ものすごいスピードで下着まで脱ぎ捨て、じゃあまた、と言って大浴場に向かっていった。信はまだ章介が脱衣の途中なのを見てとると、気持ち急いで服を脱いでタオルを腰に巻き、シャンプーや洗顔料を入れた小物入れ片手に相手に近付いていった。気付いて避けられぬように足音を忍ばせ背後からそっと近づく。そして、やっと気配に気づいてハッと振り返った相手を部屋の隅に追い詰めた。章介はあわあわと見るからに動揺して壁と信の身体から抜け出そうとしたが、もういい加減避けられるのにウンザリしていた信はそれをさせなかった。
入浴セットを床に放って、相手の頭の両脇の壁に両手をつく。章介の方が七センチほど背が高く、また横幅もあったが、そんなことは問題ではんかあった。要は気迫だ。本気で迫れば、体格差など問題にならないはずだった。そしてその予想通り、章介は抵抗できなかった。
「二週間だ。そろそろ、許してくれてもいいと思うんだが?」
「………」
 これほどの至近距離にいるのに未だ目を合わせてくれない相手に若干苛立って、続ける。
「私だって好き好んでアレをやったわけじゃない。ハンパなことなんてできないってことは章介もわかってたはずだ。―――約束も、しただろう?ムシは二週間までって。昨日できっかり二週間だぞ?」
 すると章介は観念したようにうなだれ、ボソリと呟いた。
「……わかった」
「よかった!」
 信は心底ホッとして手を壁から離し、身を引いた。そしてポーチを拾い上げて言った。
「一局、勝負、してくれないか? もし眠くなかったらこの後でも」
 先ほどの和解を〝無かったこと″にされ、再び明日からムシされるのが怖くて、今晩じゅうに既成事実を作りたかった信はそう言った。じっと請うような目で見つめていると――環に〝卑怯″と言われる、捨てられた子犬のような、いかにも哀れっぽい表情だ――、章介はやがてため息をついて、頷いた。
「ハァ~~~、もう一生口利いてくれないかと思った………よかったぁ……」
「約束だからな、しょうがない。じゃ、先行くぞ」
「あっ、待って!」
 追いすがる信に、振り向きざまに章介は切れ長の瞳を細めてビシッと言った。
「それから………またあんなことをしてみろ……今度こそ絶交するからな」
「あんなコト……?」
 信が首を傾げると、章介は珍しく感情を滲ませた声音で言った。
「信はっ……! おれがあのときどれだけの屈辱を味わったと思ってるっ!?」
「章介、ちょっと声が大き―――」
 興味津々でこちらを見ている禿たちを目にした信は制止しようとしたが、友人は止まらなかった。
「おれ、何か恨みでも買ってたか? 何で加減してくれなかったんだっ!」
「してたよ」
 信はウソをつかなかった。すると、章介が驚愕したように凍りついた。
「あれで?」
 信は顎を引いてボソリと呟いた。
「章介、感度いいから………」
 すると章介は怒りで顔を真っ赤にして、拳を握りしめた。その手がプルプル震えているのを見て、殴られないといいな、と思いながら、しかし同時にどこかでそうされても仕方ないか、と思ってもいた。章介は驚くほど無垢で純粋なのだ。彼が自分の所業をどう受け止めたかは容易に予想がついた。
章介はしばらく何かに葛藤していたが、やがて決着がついたらしく、手から力を抜いた。
「悪い………そもそも巻き込んだのはおれの方だったな。―――もうああいったことはないようにする」
 信は安堵の息をついて、笑って首を振り、章介を風呂の方へと促した。
 ふたりがそこに足を踏み入れた瞬間、そこそこ色子たちでにぎわっていた広々とした大浴場が一瞬ざわっとした。章介といるといつもこうだな、と思いながら信は相手と共にシャワー台に向かった。本人は全く気付いていないが、彼には〝ファン″が多いのだ。だから一緒にいると色々言われることもあった。
 確かに控えめに見積もっても男前だな、と信は相手の完成された身体と引き締まった横顔をチラッと見ながら思った。美醜オンチの信ですら認識できるくらいの見てくれなのだ、この廓の商売相手が異性だったらお職は彼に違いなかった。
 黒い大浴場の壁面にずらりと並んだシャワー台の前に座った章介はシャワーヘッドを取りつつ、ボソッと呟いた。
「これでまた煩わしい日常に逆戻りか……」
「えっ?」
 信が若干ショックを受けて聞き返すと、章介は腰にタオルをかけたままこちらを少し見てカランをひねった。
「誤解するな、信のことを言ったんじゃない。周りがうるさくなると思っただけだ」
 友人の手のシャワーヘッドから湯がほとばしり出す。そこに章介の武骨な指が差し入れられ、真っすぐ床に落ちていた湯がその形を変えながら相手の手と前腕を濡らしていった。
 信はそのとき、相手が浴場に入った瞬間自分が感じたこととまったく同じことを考えていたことを悟った。
「何だ、気付いていたのか。てっきり知らないものだと思っていた」
 信は自分もカランをひねり、湯の温度を調整しつつ返した。章介はちょうどいい温度になったらしいシャワーを浴びながら首を振った。
「さすがにそこまでニブくない」
「フフッ、悪かった。でも私がいた方がいいだろう? 風よけになって」
「………」
「そうでもない?」
 ふたりのシャワーから立ち上った湯気が高い天井に昇ってゆく。黒い大理石風の壁と天井で、照明を反射した水滴がキラキラ光っていて、まるで星空が頭上に拡がっているかのような錯覚を起こさせた。
「……おれは信の話をしていたんだが?」
「あー、なるほど」
 案の定、章介は自分の人気に気付いていなかった。
「信といると目立つから……ときどき、ほんの少しだけイヤになることがあるんだ」
「……章介、理由もないのに女の子がいきなり自分の前で泣き出したこと、あるだろ……?」
 すると髪を洗っていた手を止め、相手が驚いたようにこちらを凝視した。
「……なぜ……?」
「わかるか? まあ見てればわかる」
「わかりやすく言ってくれ。具体的に」
 珍しく追及してくる相手に新鮮さを覚えつつ、信は右後ろの窓際にある湯船の方を顎でしゃくった。
「あそこに目をキラキラさせてこちらを見てるひとたちがいるだろ?」
「……どちらかというとギラギラ、に見えるが……」
「ああ、その方がより正確かも。で、彼らは君を熱い眼差しで見つつ、私を睨んでいる……なぜだと思う?」
「………睨む?」
 ここまで鈍いといっそ天晴れだな、と思いつつ、信は続けた。
「私が邪魔だからだ。その事実が導き出す帰結はひとつ……あのひとらがみんな章介の〝ファン″だってことだ」
「…………」
「だから注目されてるのは章介の方。それでなぜ私がいるとより煩わしく感じるかというと、私が彼らにとって目の上のたんこぶで、色々言いたくなるからだよ。嫉妬してるんだ」
 すると、目の前の鏡に目を戻した章介は手を動かすのを再開しながら、信の言い分を否定した。
「……違うんじゃないか? 嫉妬されているのはおれの方だと思うが……」
「いやいや、それはない。まあ、そういうことだから、もしよければ私を風よけにしてくれ。仲直りの印だ」
 すると章介は微妙な顔をした。
「風よけって………つまり、恋人のフリをするということか?」
「ああ。もっとも、今更感はあるが」
 信はそこで髪を洗い終えてシャワーを一度元に戻した。
「我々の深い友情が理解できない人たちがすでに誤解しているようだからな」
 廓の人間の約三割はそういった人たちで、その上信は彼らに、〝一樹がいなくなったとたんに章介に乗り換えた尻軽″とか非難されているのだった。
 章介は動揺したようにシャワーヘッドを取り落とした。磨き上げられた黒いタイル床に音を立てて落ちたそれを取ってやろうと手を伸ばした瞬間に、章介と手が触れ合う。すると相手はビクッと身体を跳ねさせ、電光石火で手を引っ込めた。
 信は少し複雑な気分になりながらシャワーヘッドを相手に手渡した。
「っ……! 悪いっ……!」
 自身の大げさな反応を気にしてか、顔を真っ赤にして謝る章介に、信は首を振った。
「いや……こちらこそ悪かった……やはり断るべきだったな、あの話……」
 小竹の脅しに屈した自分が情けなくなりながら、信は謝り返した。共上げを承諾しなければ年季を伸ばすと言われてさすがにビビり、呑んでしまったが、これほどこの友を傷付けてしまうのなら受け入れるべきではなかったな、と後悔しつつ、信は息を吐いた。
「ごめん……」
「いや、おれの方こそ……巻き込んだのはおれの方だったのに……」
「………」
 そこで会話が途絶えてしまった。マズいな、と思いつつも、信は自責の念から口を開けずにいた。
 長い沈黙のあとで先に口火を切ってくれたのは章介の方だった。
「じゃあ、互いが互いの風よけになることにするか」
 そのひと言で免罪されたような気がして、信は思わず顔を上げた。章介は精いっぱい笑みらしきものを浮かべてこちらを見ていた。
「そう、しようか」
 相手は頷き、立ち上がった。
「風呂、行くか」
 信は救われたような気持ちで相手にならって立ち上がり、その隣に並び立った。そして足を前に踏み出した。

 湯船はいつも、例外なく信を安心させてくれる。それはそこが、暖かく、そして絶対に危害を加えられることがないという保証がある場所からだ。隣に仲間がいればなおのことよかった。
 信は窓際で湯につかりながら、隣の男と当たり障りのないことを話していた。将棋棋士のこと、山のこと、天気のこと、献立のこと――この友人といて最も良いのは、こういった何でもない話に終始し、穏やかに日々が送れることだった。章介は人の噂話をしないし、悪口も愚痴もほとんど口にしない。それは彼の最大の美点であると思っていた。
 これらのことを実行するのは一見簡単に見えて意外と難しい。人生の理不尽さやひとの残酷さに曝されてなお、これらを実行できる人間が実際には少数であることを、信は知っていた。
「はぁ、あったまるな」
 信のことばに、章介が同意する。
「ああ。まだ何かと寒い日があるからな」
「昨日の夜寒くなかった?」
「寒かった。湿度が高かったからだろうか……」
 世は梅雨の真っただ中だった。連日雨に降りこめられ、客足がどの店からも遠のくこの時期、本来ならば見世もヒマになるはずだった。しかし、敏腕経営者、小竹が采配を振るう白銀楼に〝閑期″は存在しなかった。
「でも雨の日ってよく眠れないか?」
「確かに。静かだからかな」
「ああ、それだな。それに、匂いもするし……」
「雨の匂い? いいよな、私も好き」
 信のことばに、章介は目を細めて窓の外に拡がる夜空を見上げた。
「山や野の中だとなおいい匂いがする。草葉と土の香りと混ざってな……知っているか?時間帯によっても微妙に違うんだぞ」
 地方で大自然に囲まれて育ったらしい章介は故郷を懐かしむように言った。
「そうなのか?気付かなかった……どんな感じ?」
「そうだな、早朝は爽やかだ。夜のうちに空気中の汚れが取り除かれて、純粋な植物の匂いがするんだ。太陽が高くなると、今度は熟れた果実のように甘い香りが漂ってくる。日の光に熱されて植物がどんどん――」
 急に饒舌になった章介が続けようとしたそのとき、近くに誰かが来た気配がした。一応源泉湧出らしい温泉の水面が揺れ、波紋が広がる。なにげなくそちらに目を向けると、そこには津田と朝比奈がいた。イヤな予感がしたがあからさまに避けることもできずに、信は軽く会釈をした。
「お疲れさまです」
 朝比奈はそれには答えずに薄笑いを浮かべながら浴槽に入ってきた。
「やっと仲直りしたのか? よかったな、また口利いてもらえるようになって」
 続いて湯につかった津田が、いたぶりがいのある獲物を見つけたとばかりに目を輝かせながら続けた。
「もう許してやるのか? 心が広いな、紅妃は。お前が菊野にヤられたって聞いたときは、お前らの青春マンガに出てくるような熱い友情もこれまでかと思ったが」
 悪い予感は見事的中した。ショックで石化している章介に内心焦りながら、信は言った。
「もう解決しましたんで、お気づかいなく」
「もう周知の事実になってるぞ。知らなかったのか?」
 津田は信を無視して章介に追い討ちをかけた。
「っ………!」
「どうだった? 意識、飛んだか?」
「津田さんっ!」
 いつも現れて欲しくないときに現れ、してほしくないことをし、言って欲しくないことを言って去ってゆくこの先輩は、今回も当然そういう目的でやってきていた。
「超絶技巧、だろ? 昔ヴァイオリンやってたとかで手先が器用なんだってさ。おれも被害者だから気持ち、わかるぜ」
 章介がハッとして津田を見る。津田は我が意を得たりとばかりに得意げに続けた。
「仮にも同僚に対してアレはないよなあ? テキトーに茶濁せばいい話なのに。〝被害者の会″でも発足させるか?」
 再び自分を非難するような目で見始めた章介に、信は猛烈に焦りながら津田に小声で懇願した。
「その件についてはもう話は済んでるじゃないですかっ! 章介にヘンなこと吹き込まないでくださいよっ」
 しかし津田は取り合わなかった。
「何回イった?」
 その瞬間、章介は勢いよく立ちあがった。そして凍りつくような目で信を一瞥したあと、津田たちに、お先に失礼します、と呟くように言って湯船から出て行った。
「あっ、章介っ、ちょっと待って!」
 追いすがろうとした信の身体はしかし、ふたりの先輩によって浴槽の中に引き戻された。
「は、離してくださいよっ」
「まあまあ。そっとしておいてやりなよ」
「そーそー。被害者なんだから。かわいそーに、あんなに真っ赤になっちゃって……さぞかし手酷いリョージョクを……」
「人聞き悪いこと言わないでください」
 ふたりの手から逃れようともがきながら、信は言った。
「そんなヒドイことなんてしてません。ちゃんと気持ち良く―――」
「だからぁ、それがダメなんだって」
 朝比奈が呆れたように言った。信が思わず動きを止めて顔を見ると、相手は続けた。
「わかんねーかなあ? そういうふうに扱われてプライドが傷付かない男はほとんどいないってことが」
「? どうしてですか?」
 するとふたりは顔を見合わせて苦笑した。
「これだからなあ………アンアン言わされて醜態晒すくらいなら、痛い方がマシなの、男ってのは。お前、そんなこともわかんねーの?」
「別に、快楽を得るのが恥ずかしいことだとは思いませんが? 生理現象でしょう」
 すると津田は鼻を鳴らした。
「それはやられたことがないから言えんだよ」
「経験済みですが?」
 信が答えると、ふたりは絶句した。
「いつも環さんにアンアン言わされてますけど……?」
「……………マジ?」
 朝比奈が長い沈黙の後にそう聞いてくる。信はそれに頷いて、動きの止まったふたりにこれ幸いと立ち上がり、お先に失礼します、と先ほどの章介とまったく同じセリフを口にして、その場を後にした。

 脱衣所にはすでに章介の姿はなかった。信は浴衣を着てざっと髪を乾かすと、一度自室に戻って衣類やシャンプーを置いてから、章介の居室を訪問した。案の定一回では出てくれなかったが、しつこく何度もノックしていると扉が開き、いつにも増して無表情の相手が姿を現した。
「何の用だ」
「対局、してくれる約束だろう?」
「………悪いが眠いんだ。今度にしてくれ」
「じゃあ泊めてくれ」
 そのことばに、章介は腕組みをして、あからさまに顔をしかめた。
「帰れ」
「約束、忘れたのか? ムシは二週間世は梅雨の真っただ中だった。連日雨に降りこめられ、客足がどの店からも遠のくこの時期、本来ならば店もヒマになるはずだった。しかし、敏腕経営者、小竹が采配を振るう白銀楼に〝閑期″は存在しなかった。までって、言ったじゃないか………」
 頑強に自分を拒む相手に、信はちょっと泣きそうになりながら請うように言った。すると章介はそんな信を見て少し困ったような顔になり、深々とため息を吐いて、身体を脇にどけた。
「い、いいのか?!」
 信は一応そう問いながらも相手の気が変わらないうちにと、すばやく身体を居室の中に滑り込ませた。そして、相変わらず自分とのアイコンタクトを避けている相手に言った。
「言ってくれ、何が悪かったのか。言ってくれないと、わからない」
「っ……! それは信がっ……!」
「私が、何だ?」
 すると章介は再び頬を紅潮させて、フイッと顔を背けた。
「っ……もういい」
 そして将棋盤の準備に取り掛かろうと身をかがめかけたので、信は相手の肩を掴み、くるっとその身体を反転させて自分の方に向けさせた。
「よくない。客にケンカ売ったのが気に入らなかったのか?……でも言われて当然の男だっただろう? ああいう手合いには少し強く出たほうがいいんだ」
「違うっ……そうじゃなくてッ……というか手放せ」
「悪い」
 信は相手を放した。
「で?」
 しかし章介は顔をうつむけたまま、なかなか言おうとしなかった。信はじりじりと相手を壁ぎわに追い詰めながら問い詰めた。
「するとさっき津田さんたちが言っていたようなことか?」
 そう言った瞬間に相手が思いっきり動揺を顔に出したので、信は自分がやっと相手が怒っていた理由に辿り着いたことを悟った。
「傷つけてしまったなら悪かった」
「…………というよりも、軽蔑、されたんじゃないかと思ったんだ……信が相手なのにあんなっ……」
 信はしきりに顔を隠そうとしていた相手を思い出してきっぱり言った。
「するわけがない」
「だけどっ……あんなっ………信にだけはあんな醜態、見られたくなかった……」
 章介は目元を赤くして、喘ぐようにそう言った。信はやっと友人が気にしていたことを完全に理解し、クスリと笑った。
「なっ……! 今、笑ったな?」
「いや、悪い………かわいいな、と思って」
「かわっ!?」
 そこで章介はやっと信と視線を合わせた。目を見開いて自分を見つめてくる相手に、信は頷いた。
「そのくらいで恥ずかしがれるなんて、ピュアだな。打算と演技にまみれた自分が恥ずかしくなる。……恥ずかしがるフリはしていても、もう長いこと〝羞恥″なんて感情とは無縁だよ、私は。環さんに鳴かされてももう何とも思わないし。……〝汚れっちまった悲しみ″を感じるな」
「なっ―――! 環さん?!」
 信じられないモノでも見るような目で見てくる相手に、信は首を傾げながら答えた。
「知らなかったのか? よく一緒に上げられるんだ」
「…………」
 章介は衝撃を受けて立ち尽くしていた。本当に廓のことに疎いな、とすこし呆れたが、一方で彼のそういうところが好きなのもまた事実なのだった。
「私は君の倍は恥ずかしがらなければならないことをしているよ……だから安心しろ、あの程度では何とも思わん」
 一本立ちしてもうだいぶ経つというのにこのウブさだ、客が放っておかないワケだな、とすこし苦々しく思いながら、信はニコッと笑った。
「解決?」
 すると章介は無言で盤の両サイドに敷かれた座布団を顎でしゃくった。それが彼の答えだった。
 信は腰を下ろし、一手目を指しながら、カニ囲いの利点について語り始めた。
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