白銀楼物語 スピンオフ (更新中)

金城鉄壁より強き・・・ 前編

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  静かな室内に本のページをめくる音だけが響く。信はゆったりと読書をしながら休日を楽しんでいた。昨日、急に泊まり客がキャンセルになって、その分早く起きられたのだ。
 ラッキーだった、と思いながら午前中の静謐なひとときを満喫していると急に扉がノックされた。
「信、起きてるか? 大事な話がある」
 友人の章介の声だった。いつになく苛立っているな、と思いながら返事をすると、こわばった表情の相手が早足で入ってきた。
「茶、淹れるな」
 いったいどうしたのだろう、と訝りながらノンビリ立ち上がってお茶セットの上の布を取り去って茶缶を取り出したとき、相手が待ちきれぬように口火を切った。
「悪いニュースがある」
「ん、どうした?」
「ものすごく悪いニュースだ」
「何?〝名峰300″見損ねたとか?」
 手を動かしながら無類の山好きである友人が好んで観賞しているテレビ番組の名前を出してみたが、相手は否定した。
「違う。そんなんじゃない」
 早々話し始めたわりに、相手はなかなか言おうとしなかった。
「じゃあ佐竹さまがまた何か?」
 何かと章介にちょっかいをかけてくるようすの馴染み客の名を出してみても、章介は首を振る。そうこうしている間に信は茶を淹れ終わった。湯呑みを黒塗りのお盆に載せて運び、茶菓子と共に友人に出すと、それを受け取ろうとした相手と指先が触れ合う。章介はビクッとして手をひっこめた。
「?」
「…………」
 挙動が明らかに普段と違う相手に、信は首を傾げた。
「何?」
「…………」
 章介はなかなか切り出さない。視線をうつむけて自分の両手をじっと見つめていた。
 信は苦笑して、先ほどまで読んでいた本を取り上げた。
「心の準備ができたら言ってくれ」
 そしてしおりをはさんでいたところを再び開き、湯のみ片手に読書を再開した。
 部屋に再び沈黙が落ちた。
 どれくらい経った頃だろうか。ちょうど二章分を読み終え、三章目に入ろうとしたそのとき、やっと章介が口を開いた。ようやく決心がついたらしかった。
 彼はいきなり言った。
「信と、同衾せねばならなくなった」
 信は顔を上げた。本に集中していて聞きとれなかったのだ。
「悪い。もう一回言ってくれるか?」
「だからっ!おれたちは、床を共にしなければなくなったと言っている」
「………なるほど」
 信は相手がやけに口ごもっていたワケを理解した。
「ついにその日がきたワケか」
「っ悪いっ……! 好色な客がいて………どうしても断り切れなくて………」
「まあ、我々の宿命みたいなモノだな、これは。では私が下をやろう」
 信の提案に、しかし章介は首を振った。
「おれだ」
「?」
「評判の言葉責めを体験してみたくてな」
 信は本を置いてフッと笑った。
「ヘタなウソだな。で、本心は?」
「本心だ」
「気、遣ってくれてるんだろう?」
「………信は働きすぎだ」
「やさしいな。じゃ、おことばに甘えさせてもらう」
「手柔らかに頼む」
 相変わらず自分の顔を見ようとしない章介に、信は再び笑った。
「了解」
「本当にだぞ?」
 章介はそこで初めて顔を上げてそう念押ししてきた。
「ハイハイ。………今日、休みだよな?」
「ああ」
「禿の子たち連れてご飯食べに行こうと思うんだけど、一緒に行かないか?そっちの子たちも連れて」
「いいよ」
「じゃあ十一時ごろ下に集合で」
「わかった………悪い、巻きこんでしまって」
 心底申し訳なさそうに謝る章介に、信は笑って首を振った。
「気にするな。じゃあまたあとで」
「ああ」
 章介は頷き、馳走になった、と言って部屋を出ていった。それを見送ってから、信は軽く息を吐き出した。
 入楼以来およそ六年間苦楽を共にしてきた友人と絡ませられることを、予想していなかったわけではない。実を言うと、一樹とはじめてやらされたときから、そういう日が来ることは予想していた。白銀楼はわりと自由な廓であり、色子を複数上げて彼らの睦み合いを眺めることも普通に行われていたからだ。残念ながら、肌を合わせたことのない相手の方が少ないといってよかった。かわいがってくれた先輩である環しかり、何かと難癖をつけてくる津田しかり、友人だった一樹しかり―――。
 特に、なぜか床上手だということになっている信にお呼びがかかることは多く、相手の色子を〝本気で乱れさせる″ことを要求された。今回もそういった主旨なのだろうか、そういえば客の名前を聞き忘れたな、と思いながらぼんやり活字を追う。正直、章介と一線を超えるのは他の誰を相手にするよりも嫌だった。彼は意外と初心で繊細で無垢なのだ。変に意識されて関係性が変わってしまうのが怖かった。
 自分はいくらでもとり繕えるし、ある程度は切り替えられる。昔より、仕事は仕事と割り切ることができるようになった。場数を踏ませられたおかげで。
 一樹もどちらかというとそういうタイプだったし、当時は彼の体調がかなり悪化していて、正直友情がどうのと言っている場合ではなかった。ひたすら相手の精神と肉体に負担をかけぬようにと、そればかり考えながらやった気がする。
 だが今回は状況がまったく違っている。今は平時で、他に懸案事項もなく、緊迫感もない。そこで友人と一線を越えるのだ。潔癖で不器用で無垢な相手と―――。
 信はため息をついて、そこで思考を遮断した。これ以上考えても仕方がないと思ったからだ。
 それから少し前のページに戻って再び本の世界に没入した。
    

 騒がしく囀りながらビビンバをかきこむ後輩たちに声量を少し落とすよう注意し、信は食事を再開した。六人掛けのテーブルに部屋つきの禿たち―――ゲームが大好きな四人組、相澤伊織、菅野夏樹、佐藤敦也、それに相澤秋二―――と座って昼食を摂りながら、信は前方のやはり六人掛けの席で黙って食事をつつく友人と、彼の部屋付きの禿たちを見た。信たちのテーブルとは対照的に、彼らは静かに箸を進めていた。どうやら、部屋付きというのは担当の傾城に似てくるらしい、と苦笑しながら再び自分の後輩たちに目を戻す。彼らはバラ色の頬を紅潮させて今日何を買いたいかについて談義していた。
「やっぱゲームだな。〝Empire III″出たじゃん?」
「えーまだ高いよ。それより〝カークラッシュ″の方がよくない? 四人でできるし」
 彼らが行くのは刑務所、玉東で唯一ゲームを売っている中古屋で、品揃えは最悪だったが、手に入らないものを無駄に欲しないというすばらしい美点を備えている彼らはそのことについて文句を言ったことはほとんどなかった。
「最近RPGやってないからRPGがいい」
「〝オブリ″! 絶対〝オブリ″!」
 それぞれが自分の希望を言っているだけなのだが、なぜか最後には会話が噛み合うのがこの四人の不思議なところだった。
「ンな古いヤツ買うの?」
 伊織が言うと、秋二が反論する。
「あれはなあ、不朽の名作と言われてんだよ。そりゃグラフィックとかはちょっと粗いかもだけどクオリティ高いんだぞ?」
「〝スカイリム″は?」
 敦也が聞くと、秋二が答えた。
「いやオブリの方がいい」
「えー、レーシングゲームにしようよ。頭使うのヤだ」
 夏樹のことばに、伊織が呆れたように返す。
「お前、ゲームまでめんどくさがってどーすんだよ? そのうち脳ミソ溶けて耳から出てくるぞ?」
「もー、イジワル言わないでよ。僕は単純なのが好きなの。あとみんなでできるヤツ」
「確かに、四人でやれるやつがいいな。か、最低ふたり」
 夏樹に敦也が同意する。すると秋二が口を開いた。
「あーもうメンドくさい。信さんに決めてもらおーぜ」
 そのことばに、一斉に禿たちの目が信の方を向いた。
「どれを買うべきですか?〝Empire III″?〝カークラッシュ″?〝オブリビオン″?」
「ゲームのことはよくわからない………が、良い決め方を教えるよ」
 信はそう言うとカバンからメモ用紙とペンを取り出して、横向きにし、上部に〝利点″〝欠点″と間隔をあけて横に並べて書き、その左下にゲーム名を縦に並べて記すと、直線でそれぞれの単語を区切って表を作った。それぞれのゲームの長所・短所が一目でわかる表だ。
「こうして………じゃあまず〝Empire III″の良いところは?」
「ふたりでプレイできる」
「戦略ゲームでおもしろい」
「グラフィックがキレイ」
 口ぐちに答えた後輩たちに頷いて、信はそれを〝利点″欄に書きつけた。
「じゃあ短所は?」
「高い」
「新しいからまだレビューが多くない」
 一通り意見が出揃うと、項目は全部で二十個ほどできていた。信は書く手を止め、表に見入っている青年たちに続けて聞いた。
「そうしたら、次に点数を付けよう。例えば、最初の〝ふたりプレイ可能″は、次の〝おもしろさ″に比べてより重要?それともそうでもない?」
「より重要。みんなでできる方がいいから」
 敦也が答える。
「じゃあ〝おもしろさ″を三点とすると〝プレイ人数が多い″は五点満点で何点?」
「うーん、五点?」
「次、〝グラフィック″は?」
「二点くらい?」
 伊織が興味深そうに紙片を覗きこみながら答える。信はそれぞれの横に丸で囲った点数を書き、次に移った。
「では欠点の方を………〝値段の高さ″はどれくらいのマイナスかな?」
「五!」
「四!」
「いや三ぐらいでしょ?」
 信は苦笑した。
「では間をとって四くらいにしようか。〝レビューの少なさ″は?」
「マイナス一?」
「だな、そのくらい」
 今度は意見が一致したようだ。信は頷いて項目の横に〝-1″と書きこんだ。それから、作品名の上に〝+5″と書いて言った。
「では、〝Empire III″の総合得点は、〝+5″というわけだ」
「おー、すげー、わかりやすい……」
「これなら決められるかも」
 目を丸くしてメモを覗きこんでいる禿たちにペンを差し出してやり、信は言った。
「残りは自分たちでやってごらん」
 四人は額を突きあわせて話し合い始めた。信がそれを眺めながら箸を進めていると、何ごとが起こっているのか気になったらしい章介の禿までこちらのテーブルにやってきて、四人に加わって喋り出した。
 どれを買うことになるかな、と思いながらデザートをつついていると、不意に目の前に大柄な男が座った。
「何教えたんだ?」
 章介の問いに、信はゼリーを一口食べてから答えた。
「プロコンの表」
「ああ、例のヤツか」
「何のゲーム買うかで迷ってたみたいだったからな」
「………そういうときにも使えるのか……おれはまた人生の大事な局面でのみ使うものかと―――」
「使いたいときに使えばいい」
「なるほど………で、〝例の決断″をしたときも使ったわけか」
 章介は、他の色子たちがふたりなど眼中にないのを確認すると、低い声で聞いてきた。
「? いや? 使うのは迷ったときだけだ」
「………つまり迷いは一切なかったということか………まったく、信は……」
 信が首を振って即答すると、章介は呆れたようにこちらを見た。そしてほおづえをつく。
「でもきっと、よかったんだろう………」
「わかってくれてうれしいよ」
「ただ………心配だ、お前が。……一樹のようにならないかと………」
 信は心底心配そうな顔で自分を見つめてくる章介に、心がじんわり温かくなるのを感じながら、言った。
「まあ、なるようになる。あと半分だ、踏ん張るさ。……さー、明けるまでに何回章介と寝ることになるかな?」
 論点ずらしのためのそのひと言は、効果てきめんだった。章介は怒りで首筋を赤くした。
「その話は、するな」
「まずは弱いトコを探して………」
「やめろ!」
 章介の大声に、隣で騒いでいた禿たちが一斉に動きを止め、こちらを振り返った。彼は勢いよく立ち上がって、会計するぞ、と自分の禿たちに言うが早いか歩き始めた。
 信は苦笑して立ち上がり、ゲーム好きの四人組を促して友人のあとに続いた。
会計を済ませ、一度も後ろを振り返らずに憤然と店を出てゆく友人のたくましいうしろ姿を目で追いながら、つくづくひとに恵まれる人生らしい、と信は唇の端をひき上げて、自分にまとわりついてくる禿たちの頭を撫でた。

*         

 その約一週間後の夕方だった。章介はものすごく緊張して、軽く吐き気すら催しながら支度を整えていた。時計を見ると午後四時半。あと一時間半後には確実に〝そういう事態″になっていることを認識した章介は頭を抱えた。
 仮病を使ってでも休みたかった。そのとき、彼はひらめく―――そうだ、そうすればよいではないか? やはり友人とそういうことをするなど正気の沙汰ではない。急にすごい下痢になったことにして―――。
 章介が立ち上がり、番台に向かおうとしたそのとき、ドアがノックされて、彼は飛び上がった。
「章介? 信だが入ってもいいか?」
 今最も会いたくない人物が扉のすぐ外にいた。章介が固まってことばを発せずにいると、ガラッと引き戸が開いて友人が入ってきた。途端に章介の支度を手伝っていた禿たちが沸き立つ。
「菊野さん! わー、その仕掛け、お綺麗ですね。桜の花びらが散らされてるんだあ」
「かんざしも、亜麻色の御髪にピッタリ」
「ありがとう」
 信は愛想よく笑うと、近付いてきて言った。
「あとは私がやるから下がっていいよ」
「なっ!?」
 章介が驚愕して何も言えずにいるうちに、禿たちは部屋を出ていってしまった。
 室内にふたり、信と取り残されて、章介はこの上なく気まずい思いを味わった。
「あ、ほとんど終わってるな。あとは帯だけか。はい、袷押さえて」
 信は章介の動揺などおかまいなしにそう言うと、帯を彼の胴に巻きつけ始めた。手がうしろに回って身体が密着する。章介は息をつめて着付けが終わるのを待った。
 相手の細長い指が何度も身体の周りを回って、ついに帯が締められる。
「よし。やっぱり上背があると見栄えいいな。迫力がある」
「…………」
 章介が身に着けているのは、信を寝所に呼ぶなどというとんでもないことをやらかしてくれた馴染み客の山寺雅俊から贈られた、渋い黒の長着だった。対する信は、白地に薄桃色の桜の花びらが品よく散らされた、どこか楚々とした仕掛けを身に纏っている。いつものように、着物をほとんど着崩さず、髪を後頭部の方に上げて、薄化粧を施している。喉仏がなければ女と見まごうばかりの姿だった。
 章介は自分よりも七、八センチ背が低い相手に向かって小さな声で言った。
「急に腹を下した、それも猛烈に―――ということにしたい」
「え、すっぽかすってこと?」
「………やっぱり無理だ………休む」
「じゃあ、私が下をやるから―――」
「そういう問題じゃない。信とは無理だ………今回のが流れればあとはうやむやになる」
 しかし、信はきっぱり首を振った。
「ダメだ。今日のお客さまは大事にすべきひとだろう? 不義理というのは、見抜かれるものだ」
「離れていったって構わない………あんな変態………」
「ダメ。今日私たちはセックスするんだ。この一回をうまくやり過ごしたとしても、次が来る。腹括れ」
 章介は相手の直截な表現に固まって口をパクパクさせた。
「それくらいで壊れる関係、築いてきてないだろ?〝いかなるときも精神は金城鉄壁に勝る″―――何があっても友達だし、仲間だ。そうだろ?」
「……シェイクスピアか」
 信が笑った。
「精神は肉体を凌駕できると、私は思っている」
「哲学的なことを言うな……」
「それに、抑圧といって、人間の脳というのはイヤな記憶は忘れるようにできているそうだ。すぐになかったことになる。………それから、その、最中の私は別人だと思ってくれ。結構いろいろ、その、言うと思うが、許してくれ。仕事だから」
 そのことばに、章介は自分の不安がますます増すのを感じた。
「手柔らかにするって言ったじゃないか………」
「ああ………まあ、加減はするけど……お客さまに見せる〝ショー″だからある程度はちゃんとやらないと………」
「…………」
「また何か月も無視とかやめてくれよ? 約束?」
 章介は信が請うような目で差し出してきた小指を見つめた。
「章介?」
「………何か月もは、しない。それは約束する」
 そう言って指を絡めると、信は困ったような顔になった。
「一、二か月はするとか? 章介、頼むから」
「………最大一ヶ月」
「一週間」
「二週間」
 すると信はハーッと息を吐いて頷いた。
「まあ仕方ないか。わかった」
 章介はボソリ、と呟いた。
「………怖いんだ、何かが変わってしまうかもしれないと思うと。………信はおれにとって一番大事な友なんだ。失いたくない、どうしても。………変わらずに、いてくれるか?今日が終わっても」
「当然だ。ふたりで乗り越えような。それにたぶん………一樹が守ってくれるよ」
 信はそう言って、自分の花簪を触った。それは椿の花だった。
「さあ、行こう」
 章介は頷き、その簪にそっと触れてから、足を踏み出した。
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