白銀楼物語 スピンオフ (更新中)

復讐するは我にあり 3

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 困った信が結局頼ったのは廓の遣り手、小竹だった。章介に絶対に口を滑らせないであろう人物、そして最も合理的かつ効率的に問題を解決へと導いてくれそうなのが彼だったのだ。ただ〝精神的に辛い″と訴えるだけでは動いてくれなさそうな冷酷非情な君主を動かす切り札を信は持っていた。だからこそ、相談に行けたのだった。
「失礼します」
 入室を許可された信が小竹のオフィスに入ると、銀縁メガネをかけた、いかにも酷薄そうなビジネスマンといった風体の人物が入口の扉と対面する形で置かれた机のむこう側にいた。相手は嫌そうな表情を隠そうともせずに非番の商品を見た。
「またお前か。今度は何だ?」
 小竹が〝また″と言うのには理由があった。実は信はかつて苦楽を共にした友人、湯田一樹の足抜け前には体調を崩した彼の入院許可や休暇を求めて、また彼去りしのちも部屋付き禿の新造出しの延期や、全体の食事の増量を求めてオフィスに日参し続けていたのだ。ほとんど常連と化した信に相手は心底辟易しているようだった。
 小竹はいつも通り自分の向かいにあるイスを勧めもせずに言った。
「それで、今度は何をお望みですかな、姫」
 信は立ったまま答えた。
「今日は少し……特殊な事情で伺ったのですが……私自身のことなのです」
「年季はカットせん。そういう約束だっただろう」
「いえ、そのことではなく……鷹谷さんたちについてなのですが……」
「鷹谷……? ああ、琴音のことか。いい加減、きちんとした名で呼びなさい」
「本名が、親から貰った名前が、〝きちんと″していないと?」
 目的の達成のためにはこんな余計なことを言うべきでないことは重々承知していた。が、言わずにはいられなかった。というのも、〝名″というものがいかに個々のアイデンティティの形成に重要な役割を果たすか、ということを、信は知っていたからだ。彼は源氏名はあくまで役職名としてしか捉えていなかった。
 信の反論に、小竹は既に深かった眉間の皺を更に深くした。そこは今や大渓谷となっていた。
「そうだ。お前たちにとってはな」
「そうは思いませんが? 源氏名で呼びあわせるのはあまり良い習慣ではないと思います」
「わかったわかった。それで琴音がどうした?」
 あからさまに面倒そうに話題を変えた遣り手に憤りを感じつつも。信は本題に入った。ここで押し問答をしても無駄だということは、これまでの経験からイヤと言うほどわかっていたからだ。
「彼に、その、何というか……無理やり、されまして……」
「ああ、風呂場での騒動のことか。少し事実と違うようだが?」
 予想通り、小竹は同情するそぶりさえしなかった。どころかむしろ愉しげに口の端を歪めさえした。
「それは誰からお聞きになった〝事実″で?」
「もう一方の当事者だ。いや、当事者たち、と言うべきかな?」
「そうですか。では、私の〝事実″をお伝えしても?」
 すると小竹は肩を竦め、先を促した。
「では参考程度にお聞きください。先月28日の午後十時頃、わたしはひとりで大浴場に行きました。幸運にも早く引けましたので。そこで鷹谷さんたちにお会いして――」
「〝琴音″」
 小竹がすかさず遮った。信は仕方なく言い直した。
「――琴音さんたちにお会いしました。以前から少し、気になっていて、色々あったもので、入浴は一旦やめようと引き返しかけました。しかし引き留められ、浴場内に閉じ込められました。他に居合わせた者はおらず、室内には私と琴音さん、霧里さん、薫さん、理音さん、真さんの六人だけでした。霧里さんが脱衣所のカギをかけてしまったので、廊下からは出入りできない状態でした。
 抵抗しましたが五人がかりで押さえ込まれて逃げられず、奥まで連れていかれ、そこで挿入を伴った強姦をされました。五人全員が加わっていたと思います。その上、彼らは避妊具を着けていませんでした」
 そう言った途端、予想通り、小竹が反応した。
「何だって?」
「非常にリスキーな行為だったと思います。彼らはルールを破りました。こういうことが続くといつか〝玉東一クリーンな廓、白銀″の名に傷が付くことになるかもしれませんね」
 すると小竹は、彼にしてはめずらしくいらだちを隠そうともせずに額に青筋を立てた。
「もしウソをついたらどういうことになるか、わかっていないお前ではないよな?」
「色々やらかしてきましたが、さすがに踏み越えてはいけない一線はわかっているつもりです。お伝えしたことは事実です。ですから、検査を受けさせて頂きたい」
「まったく、やってくれたものだ」
 ため息まじりに吐かれたことばが鷹谷たちに向けられたものだということはすぐにわかった。
「わかった。対処しよう」
「よろしくお願いします。少し言っておいて頂ければ、そういうこともなくなるかと思いますので」
「検査の日程は追って伝えるから、結果が出るまでは客を取るな。どうしてもという客は上客だけお通しして酒の相手だけしろ。事情は私からもお伝えしておくからくれぐれも床入りはしないように」
 信は意外とあっさり自分の言うことを受け入れた相手に若干困惑しつつ、頭を下げてオフィスを辞した。そして、鷹谷たちの影に怯える毎日がついに終わりそうだと少し弾んだ気持ちで、居室に向かって歩き出した。

                              *

 廓中を震撼させる一報がもたらされたのは、それからきっかり十日後の正午のことだった。楼主の佐藤と遣り手の小竹が傾城から見習いまで、白銀で起居する者たち全員を招集した食堂で、鷹谷と及川が棲み替えになったことを――それも河岸見世に――発表したのだ。表向き、その理由は怠慢な勤務態度と成績不良に帰されたが、それが本当の原因でないことは、廓の全員が知っていた。彼らは揉め事を起こしたかどで払い下げられたのだ。しかも一方的に。
 色子たちの視線が、傷ひとつなく、罰ひとつ与えられずにいる自分に向くのがわかったが、信はそれどころではなかった。これほど大きな罰が鷹谷と及川に下されることになるとは思いもしなかったのだ。他の者同様、信も彼らの処遇に驚愕していた。
「ちょっと待ってください」
 鷹谷たちの友人の里見が立ち上がって無感動な瞳で仲間たちを見回す楼主に向かって言った。
「棲み替えっていうのはどういうことですか? 理由に納得がいきません。彼らの売り上げは悪くなかったはず……」
「悪くはないが良くもない。年を食う一方で伸びしろもない。総合的に判断した結果だ」
 小竹が無機質な声音で答えた。
「しかし、なぜこの時期に? 首切りは年度末にするのが慣例でしょう」
 里見に続いて立ち上がった津田に、小竹は目を移した。そして、いかにも仕方なさそうに説明に入った。
「確かに、通常異動は三月だ。しかし今回は特殊な事情により、このハンパな時期に棲み替えさせざるをえなくなった」
 そして全員に向き直り、鋭い目でひとりひとりを射抜きながら低い声で続けた。
「皆さんご存知の通り、一週間前にちょっとした〝事件″が起こった。実につまらぬ、些細な、取るに足らない〝事件″だ。しかし当事者の証言により、加害者たちが重大な規則違反をしたことが判明した。何だかわかるか?」
 身を乗り出し、ひとりひとりの顔を覗き込む小竹に、仲間たちは凍りついていた。
「ゴムを着けずに性交、だ!」
 小竹が近くの机をドン、と叩いたので全員がビクッとした。
「いいか、我々は、獣同然のお前たちに温情をかけて交際を許してやっているんだぞ! 発情期のサルには捌け口がないと辛かろうと思って、多くの見世で許されていないことを許可してやってるんだぞ!? それなのにこのザマはどうだ? ところ構わずサカって、たった十秒の手間も惜しむ始末だ! いいか、コンドームなしでの性交はいかなる場合でも許されん。相手が客だろうと、恋人だろうとな。わかったか!?」
 相手の勢いに圧されて固まっている同僚たちが反応できずにいると、小竹がもう一度机を叩いた。
「わかったかと、聞いとるんだ!」
 すると青年たちはコクコクと頷き、口々にぼそぼそと、わかりました、とか、はい、とか答えた。
「フン、動物どもが。……楼主、何かあればどうぞ」
 するとそれまで黙っていた佐藤がやっとそこで口を開いた。
「お前たちは商品だ。いかなることがあっても商品を傷付けるようなマネは許されん。特に菊野はうちの看板だ……もし彼に手を出すようなことがあれば折檻の上河岸行きは免れないと思え」
 佐藤はそこで菊野に視線を転じ、表情をやわらげて続けた。
「それから菊野、よくやってくれているようだな、いつもごくろう。褒美に三日の休暇をやろう。ゆっくり休むといい。他の者も菊野を見習って精進するように。以上」
 一方的に言って踵を返そうとした楼主に、信は立ち上がった。
「ちょっと待ってください」
「何だ?」
 こちらに視線を戻した相手に、信は拳を握りしめて言った。
「河岸は……いくらなんでも酷すぎるんじゃありませんか……? その……私にも非はあったと思いますし……」
 その途端、隣にいた章介がぴしゃりと言った。
「彼らは普段から菊野に付きまとっていました……しかし菊野が彼らに興味を示したことは一度もありません。……風呂では、多勢に無勢で太刀打ちできなかったのだと思います………ですから菊野に落ち度はありません、断じて」
 信はマズイ、と思ってとっさに相手を止めようとしたが叶わなかった。思った通り、基本的に章介の味方の小竹は反論しなかった。
「どんな状況であれリスクの高い行為をすることは論外だと、これで全員がわかったはずだ。同様の行為は以後厳重に処罰するから心しておくように」
 彼はそれだけ言うと、話は終わりだとばかりに踵を返した。信は思わず駆け出して廊下に出た小竹と楼主に追いすがった。そんな信を、楼主は若干当惑したような表情で、小竹はまたかといった表情で振り返った。
「楼主、お願いします……彼らを呼び戻してやってください」
 信の要求を、小竹がぴしゃりとはねつけた。
「早く部屋に戻りなさい」
 しかし彼は退かなかった。今この時が鷹谷と及川を救うことのできる最後の瞬間だとわかっていたからだ。彼は首を垂れて懇願した。
「お願いします、この通りです……! あのときは、私も勘違いさせるようなことを言ってしまい、仕方なかった――」
 しかし彼は最後まで言えなかった。後ろから追ってきた友人が手でその口を塞いだからだ。彼は驚くべき膂力で信を後方に引きずり出した。
「お手を煩わせてしまい申し訳ない。閉じ込めておくので地下のカギを下さい」
 そう言った章介に、小竹が表情を和らげ、懐から取り出したカギを渡しつつ、聞いた。
「紅妃、最近どうだ? 足りないものはないか?」
 章介は首を振った。相手はめったに見せない柔和な表情で続けた。
「そうか……山には行けているか?」
「はい」
 小竹は登山家の客、浜松に言及していた。彼は章介の馴染みになって以来、彼が大好きな登山をできるよう色々と取り計らってくれている上客だった。おかげで章介は妓楼裏の丘などではなくマトモな山に月二のペースで登れていた。
「それはよかった。青紙が必要なときはいつでも来なさい」
 小竹はわずかに笑みを浮かべてそう返すと、楼主を促して今度こそ歩き去った。〝青紙が必要なときはいつでも来い″なんて一度も言われたことのないセリフだな、と思いながら信は自分の身体を後ろから羽交い絞めにする友人の腕の中で身もがいた。
 楼主が帰る前に話をつけねばタイムオーバーだ――そう思って信は仕方なく相手の脛を蹴りつけた。しかし驚くべきことに相手はビクともしなかった。章介は無言で信を抱え上げ、肩に担ぐと部屋に向かって歩き出した。
「下ろしてくれっ……!」
 六十五キロ近い、並の成人男性と変わらぬ体格の信を軽々担いでずんずん進んでゆく友人にそう訴えかけてみたが、ムダだった。章介は人間ひとりを抱えているとは思えぬ足取りで居住区の階段を地下まで降りると、一番奥の折檻部屋の厚い扉を開け、信を中に放り込んだ。そして無言でドアを閉め、施錠した。
「章介っ、章介っ……! 開けてくれっ!」
 信は扉に駆け寄り、ドンドン叩いて叫んだが反応はなかった。外から中を覗くための小窓にかかっているカバーが開けられる気配もない。そのことが、章介がどれだけ腹を立てているかを物語っていた。起こるといつにも増して貝殻状態になるこの友人は、信が彼に真実を伝えなかったことに間違いなく腹を立てていた。しかし、腹を立てながらも、信を守ることも忘れなかった――信が遣り手と楼主に抗議に行かないよう、建物の地下にある折檻部屋に閉じ込めたのがいい証拠だ。彼は手酷く裏切られても、信を見捨てなかった――いつも通り。
 信は友人想いの仲間を持てたことをありがたく思いながらも、今回ばかりは章介を恨まずにはいられなかった。彼のおかげで鷹谷と及川の河岸送りは決定的になってしまったからだ。
 元々勝算のあまりないこの交渉で勝機があるとすればそれは楼主がいる間だった。心証が最悪なため信の言うことに基本的に取り合わない遣り手を説得できる見込みはほとんどない。だから楼主に談判するしかほとんど方法はなかった。
 それなのにこんなところに閉じ込めてくれたおかげでその機会は永遠に失われようとしている――信は内心舌打ちしつつ、地下室の扉を叩き続けた。
「開けろっ、開けてくれっ!」
 楼主は色子の入楼や身請けの手続きがあるときや、紋日など、特別な用事があるときしか来ない。つまりこの機を逃したら後はない。
 信は、誰でもいいから来てくれ、と祈りながら戸を叩いた。しかしどんなに大きな音を立ててみても反応はなかった。
 そのまま手が擦りむけて痛みを発するようになるまで、彼は扉を叩き続けた。やがて手の痛みが耐えがたくなると今度は肘を使って、十五分か、三十分かはわからないがとにかく長い間粘った。しかし、誰ひとり信が閉じ込められている部屋の方へはやってこなかった。
 彼は深々と息を吐き出し、途に背をつけてずるずると座り込んだ。そしてぼんやりと部屋の中を見回した。裸電球ひとつしか灯りがないコンクリート打ちっぱなしの薄暗い部屋には、かつて信が何度も生き地獄を味わわされた折檻具の数々が鎮座間していた。天井からぶら下がる手枷や、〝用具箱″から覗くムチや、水責め用のバスタブが、最も手酷く折檻されたときの悪夢を呼び起こす。
 あの時――一樹の足抜けを手引きしたことが小竹にバレたときの折檻は筆舌に尽くしがたいほど苛烈だった。食事を抜かれて薬を入れられ、一週間、えんえん水責めをされてムチ打たれたのだ。あまりの苦痛に失神すれば起こされ、意識を失うことも許されなかった。
叫び、泣き、哀願し、正気を失いかけながら、それでも安堵感と満足感に浸っていたような記憶がある。肉体的には辛かったが、精神的には以前よりずっと楽になっていたからだ。いつ時限爆弾が爆発するか、いつ最後の藁の一本がラクダの背にのせられるかとハラハラし通しの精神状態が長らく続いたことを思えば、終わりが見えている折檻など何ほどのこともなかった――いや、それは言い過ぎかもしれない。〝何ほどのことも″あった。しかしともかく耐え抜けたのでよしとしよう、と思ったのを覚えている。
 地球の反対側にいる友人に思いを馳せているうち、信はいつの間にか眠っていた。

 結局、彼が解放されたのは翌日の昼過ぎだった。信はまだお怒りモードで一言も話さない章介との和解を図る前に小竹のオフィスにもう一度談判しに行った。しかし、思った通り楼主は発った後で、遣り手は信の要求に耳を貸すそぶりさえしなかった。どんなに脅しても宥めてもムダだった。しまいには部屋から蹴り出された信はそこで待ち構えていた章介と鉢合わせした。
「章介………」
 相手は無言で信の腕を取ると、歩き出した。全身を怒気で燃え立たせている相手に逆らえるはずもなく、信は黙って従った。
 向かった先は信の居室だった。章介はそこでやっと口を開いた。
「食事を持ってくる……シャワーでも浴びていろ。ここで」
 彼は最後のことばを強調すると、信が何に何かを言う間も与えずに部屋を出て行った。正直、一刻も早く鷹谷と及川のようすを見に行きたかったが、何とかこらえて言われた通りにした。
 自室でシャワーを浴び終えて、浴室を出ると、中央の座卓の上に昼食が置かれていた。信は手早く着替えてから、腕組みをして入り口付近に仁王立ちしている友人に聞いた。
「章介はもう食べたのか?」
「ああ……」
「そうか……ありがとう、わざわざ。……そこにいるのか?」
 章介はむっつりした顔のまま頷いた。その表情にこれ以上の問答はマズイと悟った信は会話を打ち切り、食事を始めた。静謐な室内に食器の音と咀嚼音だけが響く。さすがに丸一日絶食していただけあってお腹は空いていた。
信はできるだけ急いで食事を胃に詰め込んだ。そして、まず章介との問題の解決が先かな、と顔を上げてドアの前に佇んでいる友人の顔を見る。すると、相手はつられたようにこちらを見た。
「食べ終わったか?」
「ああ………」
 すると相手は腕組みを解き、少しためらったのちに唸るように言った。その瞳は怒りと当惑で揺れていた。
「信………おれにはもうお前がわからないよ………どうしてあいつらを庇ったりするんだ……? あいつらの所業を忘れたのかっ……?」
 決して大きな声ではなかったが、そこにひそむ激情は隠しようもなかった。章介は激怒し、同時に動転していた。
「………」
「あんなっ……あんな酷いことをされてっ……どうして許せるんだっ……!?」
 拳を握りしめて詰問してくる相手に、信はこの答えは言わない方がいいだろうな、と思いつつも黙っているわけにもゆかずに口を開いた。
「許すとか、許さないとかは、私が決めることじゃないと思っているから」
「神が決めるとでも!?」
「そうだ」
 信は頷いた。
 すると章介はますます気色ばんで迫ってきた。
「だがっ……! 神は公平ではないではないかっ………! 世の中を見てみろっ! 悪がのさばり、不正義と、理不尽と、不公平に溢れているではないかっ、ここはっ……! 全能の神がいるならっ、なぜおれたちはっ、こんなに苦しまねばならぬのだっ!? なぜ世はっ、殺戮と暴虐と搾取に満ちているのだっ……!?」
「わからない」
 信にも答えは見つかっていなかった。しかし彼は、善なるもの、崇高なるものを信じたいと思っていた。そして、自分に与えられた試練が必ず意味あるものだと、自分に何かをもたらしてくれるものだと、思いたかった。
「わからない、けど、河岸行きに値する人間なんていないと思うんだよ。あそこは地獄で墓場だ――あそこに送れば相手を殺したも同然………誰かを死刑台に送る権利なんて、誰にもないだろ……?」
「どうして……言ってくれなかったんだっ……どうして、どうして助けを求めてくれなかったんだっ!」
 章介はほとんど叫ぶように言った。
「信にとって、おれは何なんだっ!!?」
 その臓腑の底から絞り出すような声に、信は固まった。
「おれはずっと……信を友だと……一番の友だと思ってきた………でも、勘違いだったのか? おれのっ、思い違いだったのかっ!?」
「ごめん……申し訳なかった……」
「お前は謝るばかりで行動を改善しようとしないじゃないかっ! いつもいつもっ! ひとりで抱えて、解決した気になって、本当に信は大馬鹿野郎だっ!」
 口調は荒かったが、友人は泣きそうな顔をしていた。信は一歩前に踏み出し、そっと相手の背に手を回した。拒絶されると思ったが、意外にも相手は拒まなかった。おそらく、こちらが痛手を受けていることを案じているからだろう、と思った。
「……もう、今更かと思ったんだ……この身体はもう、数え切れぬほどの男に使われている……四人や五人増えてもたいして変わらないだろうと思った――」
「変わるだろう!」
 章介が身体を離して怒鳴った。
「相手は傾城で、その上五人だぞ!? ありえないことだ……! くそっ、もっと早く手を打っていれば……。あんな野蛮人、同じ人間だとも思いたくない! 当然の報いだ、あの獣人どもには……!」
「章介、頼むから白銀楼(ウチ)に残った三人に手を出さないでくれ……折檻で十分に痛めつけられているはずだから」
「そういうふうに甘いからつけこまれるんだっ! お前は生身の人間なんだぞっ?! 仏にはなれないんだっ、もっと自己本位になって、自分を大事にしてくれっ……!
 信がそんなふうだからおれは心配で心配でっ……! クソッ、夜もよく眠れんっ!」
 章介はそこでガバッと信を抱きしめた。
「身請け話を受けろっ! そして一刻も早くここから出てゆけっ! 信はここにいたらいつか……っ」
「一樹のようにはならないよ」
 そこで今度は信が相手から身体を離し、その両腕をつかんで目を合わせた。
「私は、一樹の二の轍は踏まない。――約束する」
 そのことばに、相手はハッとしたように目を見開いた。
「結構図太いのはご承知だろ? だいじょうぶだ、必ず生きて大門をくぐってやるよ」
「信……約束してくれるな……?」
 そう言って差し出してきた相手の小指に、信は自分のそれを絡めて頷いた。
「〝Unus pro omnibus, omnes pro uno″だ。お調子者のポルトスはいなくなってしまったけれど、ふたりでがんばろうな」
 章介が深々と頷いて信の身体を抱き寄せたその瞬間、部屋の扉が開いた。
「信さん、帰ったんだね!」
 心配そうな表情で飛び込んできたのは秋二だった。信と章介は視線を交わし、彼を迎え入れた。



〝愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」と書いてあります。″(ローマ 12:19)
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