その他

西の風 後編

 ←偽悪のススメ 前編 →西の風 前編
  ※R18、残酷な表現、道具使用、拘束、モブとの絡みあり

  一通り〝作業″を終えた頃には、信は疲弊しきってクタクタになっていた。そのままシャワーを浴びる気力もなく突っ伏して寝ようとしていると、森が動く気配がしてベッドのスプリングが心持ち戻った。薄く目を開けて見ると、森が寝入った隣の女性たちを抱え上げ、部屋の反対側のソファまで運んでいるところだった。嫌な予感に思わず呻きだしたくなるのをこらえ、相手の動向を窺っていると、最後の一人を運び終えて戻ってきた森はベッドに腰掛けた。そして信の大嫌いな笑みを口元に刻んで言った。
「寝る気マンマンだな?」
「………」
「夜はこれからだろ?」
 信は驚愕して相手の顔と時計とを交互に見た。
「三時ですよ!?朝の!」
「朝まで付き合ってもらう。ハハッ、女どもはこんなことになってるなんて思いもしないだろうなぁ」
 ソファの方で寝息を立てている女性たちの方を瞥見して言った相手に軽く眩暈を感じ、信は目を閉じた。
「寝かせてくださいよ……もう十分お付き合いしたじゃないですか……」
「たまんねぇな……ホラ始めるぞ。自分でしてみせろ」
「………」
「早く」
 疲れがピークに達していて強烈な眠気に襲われていた信は動けなかった。思わず相手に背を向けて丸まると、相手が舌打ちをし、ベッドの上に乗り上げてきた。そして信の肩に手をかけて身体を仰向かせると、いきなり口に何かを流し込んできた。
「っ!?」
 思わず目を開けると、至近距離にいた森が信の鼻と口を手でふさいだ。
「―――っ!」
 こらえきれずに正体不明の液体を飲み下した直後、身体が急速に熱を帯び始め、信はうろたえた。以前にも飲まされたことのある、強い媚薬だとわかったからだ。
「そっちがそういう態度なら、こっちにも考えがある」
 森はそう言って信の身体をまさぐり始めた。
「あっ……うっ……!」
 信は身体を苛む熱に悶えながら、いたずらに触れてくる相手の手に身をよじった。
「そうやって可愛く鳴いてりゃいいんだよ」
「うっ……! あぁっ!」
 もはや正常な思考ができる状態ではなかった。信は朦朧としながら相手の指に悶え狂った。
「や、やめっ……! そこっ……!」
「やめて、じゃないだろう? 何て言うんだっけ?」
「………っ」
「ホーラホラ、言わないとイけないよ、淫乱ネコちゃん」
――ああ人間は。
 信は天井を仰ぎながら思った。
――人間というのは、何と醜いのだろう。同じ人間を虐げて、こんなにも愉しそうな顔ができるなんて、人間というのはなんと残酷な生き物なのだろう。
「く、苦しっ……手、放せっ!」
「言わなきゃないことがあるだろう?」
 誇張ではなく森が悪魔に見えた。
「き、気持ちいぃっ……気持ちよくて、イきそうだから、お願い……お願いしますっ」
「いい子だ。でももう少しガマンな?」
――人間というのは、なぜ肉体と共に生きてゆかねばならぬのだろう。肉体さえなければ、こんな苦痛を味わわずに済むのに……。
「あっ……あっ……もう無理っ!」
 〝かつて、いかなる石の櫓も、いかなる金城鉄壁も、いかに瘴気に満ちた土牢も、いかに堅固な鉄の鎖も、強靭な精神を押さえつけることはできなかった″――?
 綺麗ごとだ。だって実際精神はこんなにも脆く、肉体への攻撃の前にいとも簡単に崩れてしまうではないか。肉体は強固に精神を閉じ込める檻なのだ――シェイクスピアは限界まで痛めつけられたことがないから、こんなことが言える――。
「あぁっ! 翔さんっ、早く、早く挿入(いれ)てっ……!」
「こんないやらしい身体で、よく女を抱けたな。ヤってるさいちゅうも尻が疼いて仕方なかったんじゃないのかっ? そうだろ、そうなんだろ?」
 やっと貫かれて、充足感に息をつくと、相手が動き出した。脳髄が痺れるような強烈な快感に、瞼の裏で白い光がはじけた。
「あっー…くっ……うっ……!」
「おれのものになるか?」
「あっ……えっ……?」
 一瞬我に返って見上げると、森が再び言った。
「おれのところに、来るか?」
 信が首を振ると、相手は彼のペニスの根元を指で圧迫した。
「ああっ!」
「なるよな?」
「なり、ませんっ……!」
「ほお?」
 森が動きを速める。信は絶叫して身もがいた。すると偶然やみくもに動かしていた足が相手の腹に命中した。
「ぐっ!」
 信は泣きながら、尻もちをついた相手を押しのけてベッドから這って出た。しかし、足に力が入らなかった彼はそれ以上先へは進めなかった。
 信は隣の続き部屋に控えているはずの見張り役の見世の用心棒に助けを求めた。揉み合う音を聞きつけたらしい相手はすぐにやってきたが、信が暴力を振るわれているわけではないのを見てとると肩を竦め、踵を返した。
「待って、助けてくださいっ! 薬を使われて身体がおかしくてっ……!」
「申告している媚薬しか使ってませんよ」
 しかし信の訴えは、森のそのひと言で却下された。若衆の北見は、失礼しました、と森に謝罪すると、隣の部屋に戻ってしまった。
「北見さんっ、話をっ……!」
 助けを求めて延ばした手の先で無情にもドアが閉まる。信は唇を噛みしめた。
 腹への衝撃から回復したらしい森は床にはいつくばっている信のそばにやってきてしゃがみこんだ。
「残念だったなあ?」
 彼は信の顎を掴んで顔を仰向かせ、愉悦に満ちた表情で言った。
「どうして……同じ人間に対して……こんなことができるん、ですか……?」
 愚問だとわかっていてもどうしても聞かずにはいられなかった。心の底から疑問だったからだ。
 案の定、マトモな答えは得られなかった。
「愛しているからだよ」
「ハッ……そんな愛なら、無い方がマシですね」
「何だって?」
 相手の目が据わったのに気付かなかったわけではなかったが、信は自分を止められなかった。
「〝愛″を免罪符に使わないでくださいよ。本当に愛してたらこんなことしないでしょ……身請けは受けません……」
「そうかそうか。じゃあ続きをしようか。いつまで強気でいられるか見物だな」
 森は信をベッドに引きずり戻し、両手に手錠をかけた上に首輪を取り出した。信は後ずさったがすぐにベッドヘッドに背中がついた。
「たっぷり可愛がってやる。朝までじっくり、な」
 そして問答無用でそれの片方の輪を信の首に、もう片方をベッドの足につけると、長さを調節して信が起き上がれないようにした。
「いい眺めだ。お前が好きなオモチャも持ってきたんだ、まずはどれがいい?」
 森はそう言ってベッドのわきに置いていたカバンの中から袋を取り出し、中身を信の上体の上に空けた。気味の悪い形状と色のそれらから、信は思わず顔を背けた。
「最初にどれを使ってほしい? そういえば前をいじられるのも好きだったよなぁ、じゃあまずコレか」
「あっ……!」
 無造作に敏感な部分に触れられ、信は息を呑んだ。そこにローションが垂らされると、間髪入れずに忌むべき棒が侵入してくる。中を擦られる感覚に身を震わせていると、抜き差しが始まった。信は歯を食いしばって刺激に耐えた。
「おれのものになるか?」
 信は絶望しながら首を振った。途端に棒が押し込まれる。
「あぁーーー!」
 次いでペニスの根元を縛められ、今度は外側からも刺激される。信は喉をのけぞらせて身悶えた。
「おれのところに来るか?」
「行きませんっ、あ、あーーっ!」
 夜が明ける気配はまだなかった。

                                *

 信がようやく解放されたのは夜が明けてからだった。傷のつかないあらゆる方法で身体を責め抜かれ、ほとんど気を失うようにして眠りに落ちた彼が起きたのは昼過ぎだった。
 目を開けると、片肘をついてこちらを見ている男と目が合った。信は反射的に身を強ばらせ、目をそらした。すると相手は笑って手を伸ばしてきた。
「ひっ」
 思わず目をつぶる。昨夜の地獄のような責め苦の記憶が甦ってきたからだ。しかしその手は髪を撫でただけだった。
「昨日言ったこと、忘れてないよな?」
「………」
「おれに落籍(ひか)れるって、確かに言ったからな?」
「………」
「返事は?」
「………はい」
 脅迫して取り付けた約束など無効だと言いたかったが、身体がボロボロの今、更に痛めつけられる可能性が少しでもあることは言いたくなかった。そこで大人しく頷くにとどめたのだった。
「最初からそうやってしおらしくしてればよかったんだ。そうすればおれもあんなことをせずにすんだんだぞ?」
「……はい」
「わかればいいんだ、わかれば。可愛がってやるからな……」
 そう言って頬を撫でた相手に背筋が冷たくなった。あんな口約束は無効だと思う。小竹も筆頭稼ぎ手である自分を手放したくはないはずだとも思う。
 それでももし――もし彼の元へゆけと言われたら――言質を取られたのはお前の責任だと突き放されて、廓を追われたら―――。
 今、そんなことになったら絶対に困る。百歩譲って身請けは仕方がないにしても、〝今″は困るのだ。一樹の足抜け決行日まで一か月を切った、〝今″は。
 信は意を決し、口を開いた。
「あの……今面倒をみている子がひと月後に水揚げを控えていまして……できればその後に……」
「ひと月か……まぁ、そのくらいなら待ってやる。なんせ落籍に関しては、〝難攻不落の菊野″を落としたんだからな」
 森は身を乗り出して信の身体を抱きこむと、唇を重ねた。信は舌の侵入を阻止し、顔を背けてボソリと呟いた。
「一番面白いのは今かもしれませんよ……」
「どういうことだ?」
 信は自分を見下ろしてくる男を見据えて言った。
「あなたにとってはゲームなのでしょう? 〝難攻不落″の私を攻略するというゲーム……だからそれができた瞬間に、あなたにとっての私の価値は無に等しくなるのではないか、と申し上げているのです」
「そうしたらまた新しいゲームでも考えるさ。お前を学校に通わせて社会でどこまで成り上がれるかを見るゲームとかな。その頭とツラがありゃあ結構いいトコまで行けそうじゃないか? お前、日本(くに)の中枢に〝知り合い″多いし」
 この男に請けだされたらロクな人生歩めなさそうだな、と思いつつ、信は曖昧に相槌を打った。
「まぁいずれにせよしばらくは楽しめる……お前が毎日相手をしてくれるんだからな。たっぷり仕込んでやるよ、演技じゃなく、求めるようになるまで、何度も、何度もな」
 信はもう何を言い返す気力もなく、目をつぶった。そして、睡魔に任せて再び眠りについた。当然だが、夢見は良くなかった。

                                 *

 その日の昼、ようやく解放された信は白銀楼に戻り、まず小竹に事情を伝えに行った。彼は承諾するとも否とも言わなかったが、信の嫌がることを喜々としてやる相手の反応が薄いところを見ると、身請けは回避できそうだった。
 ホッと息をついて彼のオフィスを出て居室がある五階までの階段を上りきったそのとき、紺の着物を身にまとった章介とバッタリ出くわした。
「信、大丈夫かっ?」
 彼は深刻そうな顔つきで秦の体を隅々まで検分するように見ると、ますます心配そうな表情になった。
「ずいぶん顔色が悪い……何されたんだ? 帰りも遅かったじゃないか」
「平気だよ。久しぶりに外出したから少し疲れただけだ」
「平気そうには見えん……医務室に行くぞ」
 そう言って問答無用で信を抱え上げようとした相手の手をつかみ、信は言った。
「部屋がいい。章介の部屋で休ませてくれ」
 医務室に行こうものなら大ごとになるのは目に見えていた。章介はきっと信の休みを要求し、それに同調した医師柿崎とともに遣り手のところに談判に行くだろう。そうなればひと悶着起きるのは必定――小竹の寵を得ている章介の身に何かが起きることはない。しかし、面倒ごとを起こしたとして信はのちのち自分が責められることになることを知っていた。
 章介は一瞬迷うそぶりを見せたが、結局は信の提案を容れて居室に向かった。
「今日は……休ませてもらったらどうだ?」
 布団を敷いた章介は振り返りざまにそう言ってきた。部屋着に着替えた信は首を振った。
「平気だ。心配かけてごめん」
 相手は何か言いたげにこちらをじっと見たが食い下がらなかった。その代わりにボソリと言った。
「信はいつも……何も言ってくれないな」
「ごめん……」
「何かできることは?」
「じゃあ……ちょっとこうしていてくれるか?」
 信はそう言って手を伸ばし、膝をついて自分の顔を覗き込むようにしていた友人の背にそっと回し、胸に顔をうずめた。その体の温もりに、冷え切った心の芯がじんわり温められてゆくのを感じながら、信は心の中で再び相手に謝った。
 章介はきっと激怒し失望するだろう、信が一樹の足抜けを画策していたことを知ったら――しかしその日は必ず来る。ひと月後か一年後かもっと先かはわからないが、真実は必ず明るみに出る。そのとき、彼はどうするだろうか。縁を切られてしまうだろうか、と考えながらしばし相手と抱き合っていると、不意に部屋の扉が開いた。
「章、信、いるかっ?……って……まーた誤解を受けるようなことを」
 そう言ってドシドシ中に入ってきたのは一樹だった。彼はそばにやってきて二人の前で前かがみになると、彼らを交互に見た。
「マジでデキてないよな? おれヤだよー、はじかれんの。古典的じゃん、親友三人のうちふたりがくっついちゃって気まずくなるとか……。まぁ、三人とも男ってのは古典的じゃないかもしれないけど」
「一樹……それ以上くだらないことを抜かすと、ひどいことになるぞ」
 章介は首筋まで赤くして信から体を離し、立ち上がった。
「なにその反応。余計に怪しいんだけどお」
「うるさい」
「なにー、惚れちゃったんじゃないのー? まァ常時フェロモンダダ流しのサキュバス相手じゃしゃーないかあー。おれでさえ化粧してるときはグラッとくるくらいだもんなー」
「一樹」
 信は喜々として章介をからかう親友の腕を引いて座らせ、その身体に腕を回した。
「何だよきぃちゃん」
 振り向いた相手の頬はこけていた。信はその肩に顎をもたせかけて言った。
「今度は一樹で充電する」
「君さあ、その抱きつきグセ何とかしたほうがいいよ」
「一樹……もう少し食べないと……」
 何重にも着物を着こんでいない相手の体はまるで木の枝のようだった。信は、足抜けの時期を少しでも早められないか小岩に相談することを決めた。
「それお互いさまじゃね? 信も結構やつれてない? 昨日、キツかった?」
「少しな……」
 すると一樹は信の背中を慰めるようにポンポン、と叩いた。
「アイツ見るからにサドだもんなぁ……お疲れ」
 信は目を瞑り、心の中で相手に別れを告げた。

                               *

 信の読み通り、身請けの話は流れた。小竹が金の卵を産むニワトリをまだ手放したがらなかったからだ。彼はその代わり、森の予約を優先的に入れることを勝手に確約してくれたので信はその後復讐心に燃えた相手に散々痛めつけられることになったが、ともかく見世に残ることができたのでよしとした。
信は恨みを買った相手の仕打ちに苦しみながらも、自分に負い目があるかつての客、小岩雅貴とともに秘密裏に、かねてから温めていた一樹を解放するための計画を練った。そして、残暑過ぎ去りし秋の良日にその計画は実行された。行ってくる、そう言って一樹は小岩の依頼を受けた客と玉東区外に出かけ、そのまま戻らなかった。

                               *

 風が吹いていた。穏やかで涼しい西風が。
 信は固い床に横たわったまま、格子窓から吹き込んでくるその風に頬を嬲らせ、月を眺めていた。くっきり浮かび上がったこの三日月を、今や一樹は自由の身で、地球の反対側から見上げているのだ、と満足感に浸りつつ思いながら。折檻によって傷つけられ、痛む身体も彼のその最高にいい気分を邪魔することはできなかった。
 信は口元に笑みを刻み、鼻歌を歌いだした。
関連記事



記事一覧  3kaku_s_L.png About
記事一覧  3kaku_s_L.png お知らせ
記事一覧  3kaku_s_L.png 作品のご案内 
記事一覧  3kaku_s_L.png ジェンダー
記事一覧  3kaku_s_L.png 映画のレビュー
記事一覧  3kaku_s_L.png その他
記事一覧  3kaku_s_L.png Links
記事一覧  3kaku_s_L.png 倉庫
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
【偽悪のススメ 前編】へ  【西の風 前編】へ