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白銀楼物語本編~太陽の子~ 第13章 トクベツ

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       ※R18 暴力表現あり 

 「ほう。ずいぶんと見違えるな」
 玄関口に迎えに行くと、畠山は開口一番そう言った。指定された紺のお召姿の信を頭のてっぺんからつま先まで観察しつつ、男はわずかに唇の端を上げた。
「客みたいだ。今日はもうひとりあげてみるか?」
「いえ……畠山さまとふたりきりがいいです」
「心にもないことを、と言いたいところだが、これが本心なんだからなあ」
 今日は割と機嫌が良いな、と思いながら、信は畠山を本部屋へと案内した。既に上がっていた膳をつつく畠山の隣に座り、酌をする。
 半分ほど食べ進めたところで、相手が不意に口を開いた。
「初めは勘違いしていたよ。お前が〝他の色子が心配で登楼を拒まなかった″と言ったときは信じられなかった。だいたい上り詰めるヤツってのは腹黒だと相場が決まっているし、弁が立つとも聞いていたから、ずいぶん安っぽいウソをつくものだと幻滅した。一回きりだと思って私基準でも相当痛めつけた。
 しかし、二回目、お前は拒まなかった。三回目も、四回目も受け入れた。もし財力目当てだったらとうに脱落していたはずだ。つまり、お前は初回から私のルールをよく理解していたわけだ」
「えぇ。あなたに偽りを申すのは得策ではないと思いましたので」
「フッ、ウワサ通りだったワケだ。……しかし思ったよりはスレてなかったな」
「……さようですか?」
「何をねだることもない、駆け引きもしない……お前、相当客取ってるだろ?」
 畠山は酒を喉に流し込み、そう言った。
「まあ、同僚に比べれば多いかもしれませんが……」
「ああ、でも貢がれてんのか? 何かそういうタイプだよなぁ、お前は。本番やらなきゃ花代とらないって?」
「よくご存じですね」
「有名な話だ。……そういえばお前、なぜ本命を作らない?」
 ヘタなウソは通用しない。信は空になった猪口に酒を注いでから答えた。
「白銀楼(ココ)は夢を売るところであると、私は思っています。お客さまが自分の好む疑似恋愛を楽しめる場所です。だから私は特定の相手を作りたくないのです。逆の立場だったら、自分の気に入っている相手にそういう存在はいてほしくないと思うと思いますから」
「恋愛禁止のアイドルみたいなモノか。……お前は…………」
 畠山は信の顔を見て何か言いかけたが、途中でやめた。
 食事が進んでゆくにつれて、心臓の鼓動が速まってゆく。畠山がデザートの杏仁豆腐を食べ終える頃には、心臓は超高速で肋骨にバクバク打ちつけていた。相手が秋二からのプレゼントの紺のお召着用を指示してきたことを恨めしく思いながら、信は膝の上に置いた両手を見つめていた。
「今日はどうした?」
 そう問われて、信はハッと顔を上げた。畠山は鋭い瞳でこちらをじっと見ていた。
「いえ……すみません、すこしボンヤリしていて……」
「ウソをつくな!」
 畠山はテーブルをバン、と叩いた。信は身体をビクッと震わせて俯いた。
「何があった?……着物か?」
「………」
「答えろ!」
 これだけは言えなかった。ここで秋二の名を出すようなことは絶対にしたくない。
「〝ルール″を忘れたか? 来い!」
 畠山は信の腕を引っつかんでズルズルと奥まで引きずってゆき、布団に放り投げた。そしてうつ伏せに倒れ込んだ信の上に馬乗りになり、後ろ手に手錠をかけた。それから帯に手をかけて乱暴に解き、仰向けに返して着物をはだけさせる。信は抵抗しなかった。
「男物(こっち)は脱がせるのがラクでいいな」
 そう言った畠山に、信は懇願した。
「全部脱がせてもらえませんか……?」
「コレ私物か?――誰かから貰ったな?」
「………」
「なるほど……それでご機嫌ナナメだったワケか。汚したくないのか?」
「ハイ……」
「しょうがないな」
 畠山は信をうつ伏せに返して枷を一旦外し、着物を脱がしながら蔑むような口調で言った。
「お前にも〝トクベツ″はいるわけか。〝トクベツ″を作らないとか言っておいて欺瞞的だな」
「………」
「うまくいってるのか?ソイツと」
「………」
「もしかして片想いか?……ハッ、天下の菊野さまが片恋慕とは……よっぽどの相手だな。女か?」
「………」
「答えないとコレで自慰させるぞ」
「ッ!……違います」
「客か?」
「………」
 すると畠山が秋二から貰った着物の襟首を掴んで信の身体に擦りつけ始めた。
「ヤダッ……!」
 信が悲鳴を上げて身を捩ると、畠山は興奮したように鼻息を荒くして執拗に局部に擦りつけ始めた。
「あっ―!そうですっ!お客さまですッ!」
 信は絶望感を感じながら叫んだ。よけようとしても後ろ手に縛られている上馬乗りになられているのでできなかった。
 秋二が、汚される。秋二との思い出が、穢されてゆく――。
「誰だ?」
「………」
 個人名を出したら絶対に標的になる――そう思い、信は答えなかった。
 すると再び畠山の手が動き始める。
「うっ……あぁっ!…やめてッ!……お願いだからやめてくださいっ!」
 どんなに身もがいても相手の下から抜け出すことはできなかった。
「最後のチャンスをやる。コレを、お前に贈ったのは、誰だ?」
 首を横に振ると、腹を思い切り殴られた。信は目を見開いて絶叫したが、口を手で塞がれてくぐもった呻き声しか出なかった。
「てめえ、ウソついたな?……お前が色子のひとりと呉服屋から出てくるのを見たってヤツがいるんだよ! 客をひとりしかとらねえってヤツ! ソイツなんだなっ!」
 涙で滲んだ視界に鬼のような形相の畠山の顔が映り込む。瞬きをすると涙がこめかみを伝い落ちていった。それを認めて畠山がようやく手をどけると、信は嗚咽混じりに自白した。
「私が、一方的に……想っている、だけで……それだけ、です……これは、先月売り上げが良かった、お祝いにと、もらい、ましたッ……うぅッ……」
「最初からそう言えばいいんだ。チッ、今日はもう帰る。興が削がれた」
 畠山はそう言って立ち上がると信の拘束を外し、帰り支度を始めた。俯き、着物を抱きかかえて嗚咽を漏らしていると、身支度を整えた畠山が冷たく言い放った。
「私を拒否したら、お前がその贈り物でオナニーしたことをソイツにバラしてやるからな」
 そして扉を乱暴に閉め、去っていった。信は絶望に呑み込まれそうになりながら、うす暗い本部屋の隅で丸くなって、その後もしばらくすすり泣いていた。

 
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