白銀楼物語 本編 (完結)

白銀楼物語本編~太陽の子~ 第8章 笠原の提案

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       ※R18 

 それから一週間、秋二は笠原以外の客を拒絶し続けた。初会さえ突っぱねて、誰も登楼(あが)らせようとしなかった。当然見世側は秋二のこの行動を問題視し、〝教育的指導″を行おうとした。そこで信は機を見て笠原と会い、秋二がどれだけ苦しんでいるかを切々と訴え、どうやら彼に相当入れ込んでいるらしい相手が頻繁に登楼する気になるように仕向けた。
 結果は、予想以上のものだった。笠原は、二日と空けずに秋二を訪ねてくるようになったばかりか、見世側と交渉して彼を自分の〝専属″にしてくれたのだ。見世の中で彼が囲っているようなもので、秋二は〝笠原の相手のみ″をすることを許されるようになった。当然張り見世にも出ず、他の色子のヘルプに入ることもあまりなかった。相当な額が動いたことはまず間違いなく、信もまさかそこまでしてくれるとは思わなかったので驚いた。それはうれしい驚きだったが、同時にこのことが、秋二の、笠原に対する負い目となるのではないか、と危惧してもいた。〝タダより高価いモノはない″からだ。常識的な人間なら、自分にそれほどの便宜を図ってくれた相手に足を向けて寝られないだろう。しかも笠原が打算抜きで動いたからこそ、彼が〝善人″であるからこそ、その枷はより重く強固になる。秋二は笠原からのほとんどあらゆる要求を断れなくなるだろう。
 信は自分の失策を悔やんだが、後の祭りだった。既に金が動き、契約は取り交わされている。一介の傾城たる自分にどうにかできるレベルのことではなかった。信はそんな歯がゆい思いを抱きつつ、しかしどうすることもできずに日々を過ごしていた。笠原の座敷に呼ばれたのはそんな折だった。秋二の水揚げからちょうどひと月が経過していた。
「失礼致します。菊野でございます」
 信は相手への感謝の念と疑心半々で座敷に上がった。人払いをしたらしく、がらんとした大広間には秋二と笠原しかいなかった。信が声をかけて襖を開けると、和やかな表情で何か喋っていたふたりがこちらを向いた。
「よう、久しいな」
「お久しぶりです。その節はどうもお世話になりました」
「信さんっ!」
 秋二はすぐさま立ち上がってそばに寄ってきた。
「だいじょうぶなの? 忙しくなかった?」
「今日はわりとヒマだ」
 そう言ってから信は笠原に頭を下げ、立ち上がって床の間の前に坐している相手の右側に腰を下ろした。
「いろいろとご配慮頂き、ありがとうございました。おかげさまでこの子も何とかやってゆけそうです」
 しかしともあれ、笠原がこの苦界で秋二を守る防護壁になってくれているのも事実だった。
「それは重畳。だいぶ忙しいみたいだな?」
「おかげさまで。前回呼んで頂いたときはお相手ができずに申し訳ありませんでした」
「それはいいけど、あんまムリすんな。身体が資本なんだからな?――知ってっと思うけど」
 前回はスケジュールが詰まっていて顔を出せなかったのだ。しかしそれを咎めもせず、さ、いっぱい食わせなきゃな、と食事をさし出してくる笠原の優しさにじーんとしながら、なぜか自分の右隣――つまり笠原とは反対側に腰を下ろした秋二に注意した。
「席はそこじゃないでしょう」
 しかし、笠原が意外にも手を振って渋々戻ろうとする秋二を制した。
「構わねーよ。いっつも酌してもらってるしな。今日は菊野の酌してやれ。少し痩せたようだからな」
「そうですか……本当にいつもすみません……ご迷惑おかけしているでしょう?」
「まっ、いわゆる〝色子″じゃねーのは確かだなっ。でもソコが気に入ってるんだ。それにヤンチャだけど、心根は真っすぐだしな……こんな上玉はまたといねえよ」
「この子の希望をかなえてくださったのも玲さまでしょう? 本当に何から何までありがとうございます……はねっ返りですが末永く可愛がってやってください」
 信が深々と頭を下げると、笠原は少し困ったように笑った。
「もちろんよっ……てか顔上げて、ンなペコペコすんなよ。もーちょっとお高くとまってていーカオだぜ、お前は」
 すると信は面を上げて苦笑した。
「性分ですので」
「何か食えねーよなあ、お前って。ヘラヘラしてるのに全然本心が見えないってゆーかさ。さ、食って食って」
 信がいただきます、と言って食事に手をつけると、秋二も同意した。
「だよなー。何か心の中迷宮になってそう」
「解剖してみたくなるよなー」
「あっ、今度ウソ発見器にかけてみようぜ。したらわかるんじゃね?」
「おー名案。じゃ次回は菊にメスを入れるということで」
「私、そんなにウソっぽいですか?」
 その問いに、ふたりが揃って頷いた。
「結構正直に生きてるつもりなんですけどねえ」
「ところで今日このあと空いてる、よな?」
「? ええ……あとは上がるだけですが」
 首を傾げた信に、ふたりが顔を見合わせてニヤリ、とした。そして笠原がサラッと言った。
「じゃ、ココで遊び終わったらりつの本部屋(トコ)行こーぜ。花代はちゃんとふたり分あげるからよ」
「……やめておきます。私、他人のモノになった男(ひと)には興味ないので」
「ンなつれないこと言うなよー。いいじゃん、三人で楽しもうぜ。ヘンな心配すんなって。おれの一番は揺らがねえよ。けど、たまに変わった趣向のも楽しみたいんだよ」
 信は過去に犯した数々の過ちから、関係性を壊したくない客以外の相手――つまり同業者――とは絶対に床を共にしてはならない、ということを学んでいたので断ろうと口を開きかけた。しかし、ここ最近顔を合わせる機会が減っていた秋二と少しでも長く一緒にいたい、という欲望に負けて、結局承諾した。
「わかりました。伺います」
「ヨシッ! 今晩は楽しめそうだ」
 信は嬉しそうな表情の笠原から秋二に目を移した。特に不快そうなようすはない。それに少しだけうれしくなりながら、煩悩まみれの自分に呆れつつ、信は笠原が自分のために取ってくれた台の物をゆっくり食べ進めた。ここひと月で一番楽しい時間だった。
 食事が終わり、部屋に引ける頃、信は我に返った。疲れていたせいで深く考えずに承諾してしまったが、秋二の本部屋に行くということはすなわち彼とともに濡れ場を演じなければならない可能性大ということだ。笠原ひとりを相手にするだけでも大変なのに、信が加わったら秋二が迷惑するのは明らかだった。信はひそかに姿を消して本部屋入りをごまかすことにした。彼はトイレと言い訳をしてふたりと廊下で別れると、近場の手水場でしばらく時間を潰した。そして頃合いを見計らって部屋へ行き、そっと引き戸を開ける。しかし予想に反し、ふたりはまだ始めていなかった。
「ずいぶん遅かったな。どこのトイレに行ってたんだ?」
「あ、その……」
「まあいい。これで役者は揃った。始めよーぜ。前座はお前らふたりな」
「………」
 これでふたりが自分を待っていた理由がわかった、と信は思った。笠原は初めからそのつもりだったのだ。秋二の気持ちを読み違えたまま、彼を呼んだわけだ。反論すれば説得できて解放される可能性もあった。しかしここ数日寝不足で疲労がたまっていた信にその気力はなかった。
 彼は立ち上がり、帯に手をかけた。秋二をチェックしたところ、さほど嫌そうな顔はしていなかった。この分ならだいじょうぶかもしれないな、と希望的観測を抱きつつ、彼は仕掛けを脱ぎ落とした。
「おまっ、ちょっと早いよ。脱がし合って」
 笠原の指示に、信は秋二に歩み寄り、その前、布団の上で膝をついた。そして、心の中でコッソリため息をついてから、相手のアップの髪にささるピンを一本ずつゆっくり抜いていった。その間、何となく相手に凝視されているような気がしたが、気に留めなかった。
 そもそもほとんどなかった髪飾りを外すと、ゴムも外し、その豊かな髪を下ろした。
「下ろしているのも似合う」
「そ、そう…?」
 嬉しそうに髪をいじる秋二に、信は頷いた。
「いつも思っていたが……光に当たると金色に光って綺麗だな、君の髪は」
「信さんも、き、キレーだよっ……波打つ髪が、ユラユラ……ユラユラ? 何か間違ってる? まーいいや、ユラユラ、してて……」
「ありがとう。じゃ、かんざし外してくれる?」
「う、うん……」
 秋二はプルプルする手で信の髪についている装飾品を取っていった。そして最後に髪を下ろした。
「ああ……信さん……」
 秋二の手が首元を滑って胸、腰、と落ちる。どうやらスイッチが入ったらしい相手はやや性急に帯を解き始めた。しかし普段着付けをサボッているツケが回ってきて、なかなか解けずに四苦八苦している。すると笠原がやってきて手を貸してくれた。
「あ、悪ィ」
「〝すみません″でしょう?」
「す、すみません」
「いーよ。さ、続けて」
 笠原のことばに頷き、秋二が信の仕掛けを脱がせて隅に置く。二枚、三枚と剥ぎ、襦袢だけになっても相手の手は止まらなかった。
 交互に脱がせ合うほうがいいような気がしないでもなかったが、笠原が何も言わないのでまあいいか、と信は秋二に身を委ねた。
 正直なところ、あまり愉快な経験ではなかった。他の色子との絡みが特別イヤなわけではないが、秋二の場合には距離が近すぎた。元部屋付き禿で、可愛がってきて、様々なことを共有してきたのに、その健全な関係が侵される――そんな気がしてならなかった。
水揚げ以来、秋二の態度は少し変わった。たぶん、本人も気づかぬくらいの変化だが、それがやがて大きな溝になることを信は懸念していた。
 好きでもない相手に身体を触られて、嫌悪を感じないはずがない。そしてその相手に自分がならなければならないなんて――。ただの傍観者であれたらよかったのに……いつも寄り添って話を聞いてやるような存在であれたら良かったのに……そういうふうに思わずにはいられなかった。
「信さん?」
 名を呼ばれて、信はハッと我に返った。見ると、秋二は半端にはだけられた着物の中でもじもじと身をよじっていた。
「おれ、大丈夫だよ……だから……」
 そう言って彼は信の首に両腕を巻きつけ、小首を傾げて見上げてきた。信は一瞬固まってから、たまらず相手を布団の上に押し倒した。そして目に痛いほど白い襦袢まではだけさせ、胸板と腹を愛撫すると、青年は喉をのけぞらせて喘ぎ声を上げた。信は理性を失うまいと自分を必死で律しながら相手に覆いかぶさって上半身にキスし始めた。
「あッ……クッ……」
 同時に下半身も手で刺激してやると、相手の身体が震えた。幸せってこういうことを言うのかもしれないな、と思いながら信は前戯を進めた。
不意にものすごくキスをしたくなったがこらえて、快感を与えることに意識を集中させた。ちらちら笠原のようすを窺いながら、そうやって相手を昂ぶらせた後、仕上げにフェラチオに入ろうとすると、制止の声がかかった。
「ダメっ……!」
 なぜ、と問うように見上げると、身体を起こした秋二が答えた。
「ダメだよ、そんなことさせられない……」
 相手の優しさに若干涙ぐみそうになりながら、信は安心させるように言った。
「だいじょうぶだよ。私に任せて」
「でもっ……」
 信は尚も案ずるような目でこちらを見て拒否しようとする相手の局部を問答無用でくわえた。
「あっ……、ダメだってっ……! 好きでもないっ、相手にっ……!」
 健気に信を慮る秋二に全身の血液が沸騰した。信は相手の下半身を抱え込んで愛らしい果実を舌で吸い上げた。
「んっ……んっ……だっ……やめてっ……!」
 唾液をペニスに絡めながらしごき出すと、相手の反応が大きくなった。ぷるぷる震えるしなやかな太腿をさすってやりながらしばらく刺激を与え続けると、相手はやがてひときわ大きく身体を震わせて達した。信はその瞬間の相手の快感に蕩けた顔をしっかり目に焼き付けてから、荒い息をついている相手を解放した。
「は、はぁっ、はぁっ、………バカっ! 信さんのバカっ」
 大急ぎで掛布団を引き寄せて頭からかぶった秋二は頬を真っ赤に染めて信を蹴った。
「やめろって、言ったのに……!」
「ごめんごめん」
「何だよ、〝ごめんごめん″って……! 全然悪いと思ってないだろっ?」
 そこで笠原が声を上げて笑った。
「まあまあ、身体の負担考えてくれたんだろ? いい先輩だなア?」
「突っ込まれた方がマシだっ!」
 信はそこで悪戯心を刺激され、秋二のかぶった布団の上に手を置いた。案の定、ビクッとした相手に、囁くようにこう言ってみた。
「じゃあやってあげようか?」
「ダメっ! もう帰れっ!」
 相手の激烈な反応に気をよくした信はからかうのをやめにして、客の方を振り返った。
「だそうです。そろそろお暇してもよろしいでしょうか?」
「ハハッ、ツンデレかよ、リツ。いいよいいよ、お疲れ。ゆっくり休みな」
「ではおことばに甘えて」
 信は脱ぎ捨てた襦袢と着物を手早く着付けると、床に散らばっていた秋二の襦袢を畳んで部屋の隅に置き、そっと部屋を辞した。 
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