栄徳高校女子野球部! スピンオフ (更新停滞中)

16.渇望

 ←登場人物一覧表1(ネタばれなし) →14.Parallel Lines 1
※警告:合意でない性行為の描写・暴力表現有 R18        updated.18.7.2

窓の外を晴れ渡った青空に浮かんだ雲の一群がうしろの方へと流れてゆく。大陸は違えど空の色や大気の厚さはさほど変わらないんだな、と思いながらそれらを見るともなく眺めていると、左肩を叩かれた。
「さーわさん」
 女にしては少し低めの、深みのある特徴的な声に、澤は瞬時に相手の正体を悟った。声のした方に目を向けると、真田さやが、ココ、座っていい?と聞きながら隣の座席に腰かけるところだった。
 答えを待たないならそもそも聞くなよ、と内心毒を吐きながら、澤は何か、と問うように相手を見た。
 真田は色素の薄い目をすこし細めて苦笑した。
「そんなあからさまにイヤそうなカオしないでくださいよ」
 澤はふだん、どちらかというと相手を慮って表情をコントロールする方だったが、今はそうする理由が一切見当たらなかったので不機嫌も露わに真田に応じた。
「そんなカオしてました?不快にさせてしまったならすみません」
 澤の口調は本人が自分で驚くほど冷然としていた。
「もー、まだ怒ってるんですか、あのときのこと」
「怒ってません。試合の結果は受け入れます」
「言ってる内容と言い方が一致してないんですけどー。こんなカオして結構執念深いんだ」
「こんなカオってどんなカオですか?」
 澤はイライラと言った。
 真田はその刺々しい物言いにも動じず、笑みを深めて答えた。
「庇護欲をそそるようなカオ」
 彼女はそう言うと、不意に左手を伸ばし、澤の顎を掴んだ。そしてクイと相手の顔を上向かせ、親指の腹でそこをスッと撫でた。
「怒ったカオもいいですね」
 澤は、そう言って自分を覗きこんでくる相手の手を掴んでやんわり外し、うんざりしながら言った。
「とにかく今夏あなたが私たちにサヨナラ勝ちして甲子園に行った挙句初戦で敗北を喫したことなんて気にしてませんから。他に話すことがないならもういいですか?」
「こんなカオで正面座られたらなあ……私も栄徳に行けばよかった」
「そうしたとして……真田さんがウチでどの程度充実した高校生活を送ることができたかは知りませんが」
「ほう。それはどういう意味ですか?」
 真田は面白そうに目を細めて、量るように澤を見た。澤は、つい二か月前に、自分たちの夏を終わらせたのみならず、甲子園で早々に負けるなどという、無責任なことをした相手を見据えて――というよりねめつけて――言い放った。
「投手層の厚さのことを言ってるんです。あなたが二年秋からエースを張れたのは、将元にいたからであって、もしあなたの言うように栄徳に入っていたらエースになれたかさえ疑問ですね。榛名や丹波と伍してやってかなくちゃなかったんだから。……まあムリだったでしょうね。上には横川先輩や、香坂先輩もいたし。今回お呼びがかからなかった榛名だって、実質的には丹波との二枚看板でしたから。同じ学校の選手ばっかり代表にさせられないっていう〝大人の事情〟でここにはいませんけどね」
 目の前の、自分と榛名の夏を終わらせた人物を追い払いたい一心で、手厳しく、かつ公平でないことを言ったにもかかわらず、真田の表情にはほとんど変化がなかった。
 澤はこの時点で彼女を気味悪く感じ始めていた。
「榛名さん……あぁっ、変化球いっぱい持ってたひとか。重箱の隅をつつくようないい球投げますよねえ。あのコントロールを会得するためにどれだけの努力を要したか、野球をちょっとかじったことのある者ならだれでもわかりますよ。速さは才能によるところが大きいけど、制球力はそうじゃありませんからね」
「そうなんですよ」
 真田の素直な賛辞に、ゲンキンにもつい先ほどまでの相手に対するモヤモヤした思いがパッと晴れた。
「榛名さんほど構えたところに寸分たがわず投げ込んでくる投手はいないですよ。それにペース配分もちゃんと考えてくれるし。後半でも安心してきわどいところ要求できるのは、彼女くらいです。……牽引力もあるし、面倒見も良いし、榛名さんはまさに投手の鑑とでも言うべき――」
「中学から組んでたんですよね?じゃあリードもラクでしょう。好みも傾向もわかっているだろうし」
「ええ。目指す野球の方向性がわりと似ているので……」
「気心も知れているし?」
「ええ、付き合いが長いので……まあ、私の方ではそう思っているんですが……」
 澤は不意に、自分たちが本当に〝気心の知れた仲〟だったか不安になって言葉尻を濁した。
「で、いつから?」
「え?」
「いつから付き合ってるんですか?中学?まさか小学校のころからってことはないですよね?」
 澤は一瞬呆気にとられた後、またか、と思いながら首を振った。
「誰から聞いたか知りませんがその情報、ガセですよ」
「え、付き合ってないの?そっちのガッコのコから聞いたんだけどなあ」
 真田は首をかしげて腑に落ちない、という表情をした。
「部内でもカンちがいされてるけど、私と榛名さんは――そんなんじゃありません」
 そう言い切った瞬間、澤の胸の奥がちくりと痛んだ。
 そうだ、自分たちは何でもない……付き合いが長いだけの友人同士だ。……いや、友人とさえ呼べるかどうか……。
 澤がそんなふうにして悶々と考えていると、真田が妙に明るい声で言った。
「じゃあ澤さん今フリーなんだ」
「……まあ」
 一瞬否定しようかとも思ったが、探りを入れられたときにウッカリ横川の名を漏らしてしまうか、それと悟られてしまうような事態に陥る危険を冒したくなかったので――澤は自分がウソをうまくつけないタチであることを自覚していた――、頷いた。
「遠恋、大丈夫なタイプですか?」
「えんれん?」
 何のことかわからず聞き返すと、真田は澤の左ひざに手を置いて言った。
「遠距離恋愛です」
「ああ……平気だと思いますけど」
 それは今まさに自分と横川がやっていることではないか、と思いつつ、澤は頷いた。
「よかった」
 ヒザの近くにあったはずの手がだんだん上の方へ上がってくる。澤はここでようやく何かがおかしいことに気付いた。太腿をやんわり撫で擦られて、全身の毛が逆立つ。反射的に相手の手首をつかんでやめさせようとした澤に、真田は静かに言った。
「ミサキちゃん、この大会に出られるのって、今回だけですよね?IBAFって隔年開催ですから。生まれ年を間違っちゃったのかもしれませんね」
「何が言いたいんですか?」
 何となく相手の言わんとすることを察しつつ、澤は尋ねた。
 すると真田はやはり落ち着き払った、しかし愉悦をにじませた口調で答えた。
「栄徳が来年、甲子園に行ける保証はありません。――〝極上の投手〟の榛名さんも、ヒットを量産する司令塔の澤さんも、頼もしいパワーヒッターの羽生さんも、器用に何でもこなす上頭の回転の速い月島さんも抜けるわけですからね。そうなれば、スカウトの目に留まりづらくなるのは必定でしょう……いくらミサキちゃんに、一年夏の甲子園で投げたっていう華々しい実績があったとしても。
 考えたくはないですが、その可能性が絶対にないとも言い切れないでしょう?だからミサキちゃんには今大会で活躍してもらうに越したことはないってことです。もし彼女の将来を想うならね。
――彼女、卒業後はどうするつもりなんでしょうね?プロですか、大学ですか?」
「さあ………」
 そういえば丹波と進路の話など――彼女の進路についての話など――したことがなかったな、と思いながら澤は首をひねった。
 もう相手を制止しようという気力はなく、澤は掴んでいた手を放した。
「まあどっちにしても、ここで名を売っておかない手はないですよね」
 そして、手をひっこめた澤を満足げに見て続けた。
「私正直、今の時期は肩を酷使したくないんですよ。顧問にどうしてもって言われて仕方なく参加した感じで。……だから本当は全然やる気ないんですよ。でももし澤さんと仲良くなれたら力が出るような気がするんです」
「〝仲良く〟ね……」
 巧妙にほかの乗客たちから見えない位置で不躾に己の体を触る相手の手指の感触を感じながら、澤は呟いた。
「ええ。……どうですか?」
「どうもなにも、コレ脅しでしょ?私に選択肢あるの?」
 澤は投げやりに言った。答えはもう出ている。――逃げられない。逃げられるわけがなかった。一年半イビリ倒し、散々イヤな思いをさせた丹波の将来の可能性をこの上狭めることになるかもしれないことなど、できるわけがなかった。
「まあ、無いわけではないですよ。ミサキちゃんを見捨てればいい。別にわざわざ助けてやる義理なんてないでしょう。ましてや彼女は榛名さんからエースの座を奪った張本人……やり返すいい機会じゃないですか。それに、私が少々ラクさせてもらったからといって必ずしもそれが敗けに直結するわけではないだろうし、そもそもどの程度当番があるかもわかりませんしね」
 真田が身体を近づけてくる。どうやら体温が高いらしい相手から放散される熱気が肌をちりちりと焼くようだった。同じ列の席にも前後の列にも生徒は座っておらず、助けは期待できぬ状況だった。――この時点でもう既に真田の手から逃れることは諦めていたが――。
 世界のだれも、真田の暴虐と澤の窮状を察知することはできなかった。
「ひとつだけ条件があるんだけど」
 澤が、なるべく自分の身体を這う相手の手や、穴が空くほど凝視してくる双眼を見ないようにしながら諦念の滲み出た声音で言うと、真田は一瞬手の動きを止めた。
「……それって、OKってことですか?」
「OKってことです。だけど、誰にも知られないようにして。誰にも聞かれず、見られぬように」
 澤は今、どうやってこの暴君の手から丹波を守り、そして同時にこの惨事を横川から隠し通すか、ということしか考えていなかった。散々いいように扱った丹波にこの上迷惑をかけるわけにはいかないのはもちろん、もし真田のことが知れれば、横川との間で一悶着起きるのは必至――だからどうしても、真田には秘密裏に事を運んでもらう必要があった。
「いいですよ。いやあ、でもこんなにアッサリ受け入れてもらえるとは思わなかったなー。澤さんって後輩想いなんですね。ますます惚れました」
「絶対にだれにも言わないでよ?」
 説明を求められるかと思って身構えていたが、真田はアッサリ承諾してくれた。そのことにホッと胸を撫で下ろしつつ、澤は思った――どうせ求められているのはこの遠征が終わったら終わる、ひと夏の恋、みたいな関係だろう。どんなに長くても十日で大会は終わる。それまでちょっと付き合ってやればいいだけの話だ。
 真田もバカじゃないだろうから試合の日やその前後はムチャしてこないだろうし、団体行動が基本だからそうそう二人になる機会もないだろう。
 本格的な性行為はたぶん二回か三回……多くても五回は越さないはずだ。それだけやり過ごせば済む話なのだ。そう深刻に考えることもない。
……性交を求められるかどうかも定かではない。もしかしたらキスとか軽い前戯程度で済ませてくれるかもしれない――そう思うとかなり安心して、先ほどまでパニックで荒れ狂っていた気持ちが落ち着いていった。
 それと同時に相手の目を見る勇気が出てきて顔を上げてみたところ、真田は大好物を前にした子供みたいなキラキラした目でこちらを見ていた。そして、わかった、ナイショね、と呟くと、澤の頬に口づけを落とした。

                      *

 身体の下で、艶めかしく若い身体がうごめく。真田は喘ぎ声を殺そうと口を塞いでいる相手の両手を除け、その唇を己の口で塞いだ。
 瑞々しい果実のように色気滴る若い女――つい先日脅迫し、支配下においた、一時的なチームメイトの澤一樹――がくぐもった呻き声をあげて、身体を震わせた。
 随分感度が良いな、と思いながら、真田は口づけを深くした。まだもっともビンカンな部分の周囲にすら触っていないのにこの反応――真田はキスを中断し、手を止めて相手をじっと見た。そして、うるんだ瞳のまま訝しげに自分を見上げてくる相手に向かって言った。
「感じてるフリしてるでしょ」
 澤は首を振って、してない、と否定したが、真田はそれがウソであると直感した。
「そうすれば早く終わるとでも?」
 真田の声は自分でも驚くほど冷然としていた。彼女は、澤に演技をされたという事実にいたく自尊心を傷つけられていた。まるで自分の性技がつたないと言外に言われているようで腹が立った。
「そういう、わけじゃ……ッ!」
 真田は反射的に掴んでいた相手の肩に爪を立てた。
「随分と人を食ったようなことをやってくれるじゃないですか……」
「………」
「じゃあ私が特別に教えてあげるよ。そーゆー態度をとってるとどんな目に遭うか」
 真田は澤の喉ぼとけの真上に左腕を乗せてぐっと押した。相手の目が苦痛に眇められる。そしてそのまま圧迫を強くし、どんな反応が返ってくるかじっくり待ってみたが、相手は目立った抵抗をしてこなかった。
 真田は鼻を鳴らして左腕はそのままに、右手で乱暴に相手のジーンズのボタンを外し、チャックを下ろしてその中に手を突っ込んだ。そして、奥のアナに指を突き立てる。そこはまだ湿ってもいなかった。
 痛みに身を慄かせた澤は素早く口を自分の両手で覆って悲鳴を押し殺した。隣室に音が漏れるのを心配しているらしい。
 確かに、いくら壁が厚そうなホテルの客室にいるとはいえ、大声を出せば聞こえるかもしれないな、と思いながら真田は言った。
「抵抗、しないんだ?……もしかして誘ってる?……澤さん、痛いのが好きなの?」
 澤は目を伏せ、口に手を当てたまま答えなかった。
「じゃ、ご要望にお応えして、ヒドくしてあげる」
 そう言って、真田は容赦なく注挿を開始した。
 半端にズボンを下ろされて露出した相手の太腿が痙攣し、くぐもった呻き声が上がった。目を固く瞑って苦しげに喘ぐ澤は、それでもなされるがままだった。
 意外と歯ごたえのない相手につまらなさを感じ、真田は首にかける圧迫を強くした。すると、さすがに耐えかねたらしい相手がもがき、真田を押しのけようとする。真田は背筋を這いあがってくる愉悦に浸りながら言った。
「アレ、そんなことしちゃっていいのかなー?」
 澤は動きを止め、身体的な抵抗をやめる代わり、切れ切れに懇願した。
「頼むから……やめ、……」
「えー、澤さんが良いって言うからやったのに。一貫しない人だなあ。……じゃあハイ、首はやめてあげる」
 真田が手の力を抜くと、澤はすぐさま咳き込み始めた。馬乗りになられて向きを変えられない身体をできるかぎり丸め、苦しげに眼を眇める。
 その目は涙で潤み、口の端からは唾液が垂れていた。目元も口元も頬も赤らみ、その辺に浮いている虫まで引き寄せそうな、凄絶な色香を発散していた。
 真田はたまらずに相手の両手を握ってシーツに押しつけ、その口にキスをした。今この瞬間は、自分こそが澤の全世界なのだと思うと、興奮で背筋が震えた。
 他のことを考える余地のないくらいいたぶってやる、と、咥内を無遠慮に蹂躙する。上あごのウラを、頬の内側をねぶり、歯列をなぞった後、固まっていた相手の舌に触手を伸ばして互いの粘膜を擦り合わせた。
 一瞬、もし自分だったら、好きでもない相手にこんなふうに身体に好き勝手されたら耐えられないだろうな、という思いが脳裏をかすめたが、それは瞬きする間にどこかへと消え去っていった。
 しばらくぐちゅぐちゅ口での性交に興じたあと、真田は相手を一旦解放した。そして澤を見下ろしてみると、相手は潤んだ瞳でぼんやり天井を見ていた。
 そのことにすこしイラッとして、軽く頬を叩く。
「よそ見しないでこっち見て」
 澤はいつものように――というよりもここ数日間で出来上がった習慣に従って――指示に従ったが、その目には何の感情も浮かんでいなかった。真田はそのことに少々動揺し、脆く傷つきやすい自己を守るためにあえて鼻を鳴らし、攻撃的な言葉を吐いた。
「とり澄ましたカオしちゃって……まあ、感情が表に出ないってのは、捕手としては才能なんだろうけど」
「………」
「そういえば澤さん、進路どーするの?プロ?」
 澤はうなずいた。
 真田は相手の柔らかな髪を手慰みに弄びながら続けた。
「まあ当たり前か……今年のドラ1候補だもんね」
「……さやちゃんは?」
 真田は、澤がいまだに自分のことを、かつてよき野球仲間だったときと同じように、親しみを込めた呼び名で呼ぶことにすこし胸がつっかえたような気分になりながら答えた。
「たぶんプロに行くと思う。経済的にあんまり余裕がないから」
「そっか……」
「将元大附属高校(ウチ)は今年国体に出られたから結構スカウトの目に留まることができたコが多かったみたいで、三年生の三分の一――十人以上――がプロ志望なんだ。――栄徳(そっち)はどうなの?」
 後にこのときのことを思い出したときに、自分でもよくもまあぬけぬけとこんなセリフを夏大で打ち負かした高校の元正捕手に吐けたものだ、と呆れることになるほど相手への配慮のない言い方だったのだが、優越感と支配感に酔いしれていたこのとき、真田は自分が非常に微妙な話題に土足で踏み込んだことに気付くことができていなかった。
 しかし澤は、それについて特に何か言及することもなく、淡々と、事実を述べる口調で答えた。
「うちからも同じくらい志望してるよ。今回来てる、主将だった羽生と……あと、覚えてるかな、月島っていう遊撃手。それと投手の飯田と――」
「ああ、あのメガネのイケメンか」
「イケメン?」
 首を傾げた澤に、真田は頷いて言った。
「部員がそう言って騒いでたんだよ。ま、私は全然好みじゃないけどね」
「やっぱりそうなんだ……ウチの学校にもファンクラブみたいなのがあってね、よく差し入れとか応援をしに来てたよ。アイドルみたいな存在で、たぶん野球部の中じゃ一番人気あったんじゃないかな」
 何の含みも持たせずに純粋な目でそう言い切った澤に、真田は思わず笑ってしまった。
「なに……?何かヘンなこと言った?」
「いや……澤さんってホント、イメージ通りだな、と思って」
「どんなイメージ持ってたの?」
「世俗的なことに疎いイメージ、かな。恋愛ごとに関心がなくて、自分に向けられてる好意に鈍感なタイプというか……そっち方面でトラブルになったことあるでしょ?女の子に泣かれたり恨まれたり、男子にいろいろ言われたり」
 そう言うと、澤は驚いたように目を見開いた。
「私……さやちゃんにそんなこと話したことあったっけ?ないよね……どうしてわかるの?」
「何でって、一目瞭然なんだけど……これじゃ澤さん好きになっても報われないね。あのね、さっき澤さん、飯田さんが一番人気だったって言ったでしょ?でも私はあなたの方が人気だったと思うよ。――まあ、榛名さんとセットかもしれないけどね……」
「それはないよ。……榛名さんはともかく、私なんて……。第一、声、かけてもらったこともほとんどないし、何か貰ったりとかも全然……」
「それはね……」
 真田は、その後、〝榛名とあなたの麗しき友情――か、それ以上のモノ――に皆が見とれていて声をかけるヒマがなかったからだ〟と続けようとして、やめた。不愉快になりそうだったからだ。その代わり、榛名にかこつけて話題を変えた。
「そういえば、榛名さんってプロ志望だったっけ?それとも進学するの?」
 すると澤はあからさまに顔を曇らせた。
「大学に、行くって言ってた……」
「フーン……地元?」
「たぶん、将元大……。何回か誘いはしたんだけど、勉強したいらしくて……無理強いはできないしね」
 真田は、澤の表情や口調から、彼女が榛名に対し、並ならぬ感情を――少なくとも友情よりは強そうなものを――榛名に対し抱いているのを感じ取った。
「何か同じチームに入りたかった、みたいな口ぶりだけど、ドラフトじゃこっち側に選ぶ権利ないよね?」
「それは、入団テストを受けて……」
「なるほど。榛名さんを追っかけて同じトコに行くってわけか」
「まあ……」
「良い投手だもんなあ、彼女。……あれっ、でも、そんなに一緒にプレイしたいんだったら彼女が行く大学に行けばいいんじゃないの?」
 胸で何かが焦げ始めたのを感じながら真田が問うと、澤は消沈したようすで首を振った。
「私大はダメって、親に言われて……」
「ああーそうか……じゃあしょうがないな」
 真田は不意に体内の織火の勢いが衰え始めたのに気付き、サッと愛撫を再開した。
「だけど澤さんがプロに進むなんてちょっと意外だったな。……いや、フツーに考えたら当然の成り行きなんだろうけどさ、こう、近くで見てて、あんまり愉しそうに球追ってるカンジがしないからさ……前々から思ってはいたんだけど、今回組んでみて改めて実感したわ」
 澤は何も言わなかった。しかし否定しないところを見ると、さほど的外れのことを言ったわけでもなかったらしい。
「何か、球団関係者を散々騒がせておいて、野球は高校で辞めますってセンもありかなってどこかで思ってたよ。……だから続けてくれてよかった。そうじゃないと嬲り甲斐がないからねえ」
 最後のセリフで澤はあからさまに表情をこわばらせ、真田から目を逸らした。
「ハイ、萎えるから進路の話はおしまい。ここからは愉しいことに意識を集中させようね」
 真田はそう言って、やわやわと局所とその付近を撫で擦っていた手の動きを激しくした。そして、相手が自分の口を手で塞ぐ前に、それを唇で塞いだ。
 澤の温かい口腔の中で、舌と舌を絡め合わせると、信じられないくらいの多幸感と快感が背筋を猛スピードで駆けあがってきて、真田は思わずうめき声を上げた。脳髄を焼く白い快感の中で、彼女は初めて、想い人と肌を合わせるとはどういうことかを知った。
 自分が澤と言う底なし沼に沈んでゆく幻影を見ながら、真田は相手の身体を貪った。
 台湾の街の喧騒から、分厚いコンクリートの壁と部屋の高さとで隔絶されたほの暗い場所で、一方には極上の幸福をもたらし、他方には生き地獄を味わわせる秘め事が行われていた。真田は、若干の良心の呵責を覚えながらも、自分以外の誰の声も聞こえず、また誰にも声の届かぬ被食者を思うさま味わった。
 時計が澤の苦しみにも無頓着なようすでいつも通りに時を刻むのと同時に、夜もまた平常通りのペースで更けていった。


 初めはこんなつもりじゃなかった、あくまで冗談で脅迫したのに澤が真に受けてしまったからヘンな展開になったのだ、などと言うつもりはない。初めから〝そういうつもり〟で脅しをかけた。澤の人の良さに付け込み、逃げ道を塞いで自分のものにした――いや、しようとした、と言った方がより真実に近いかもしれない。
 澤を自分のモノにすることはできていない――今のところ。
 だがいつか必ず、その魂をわが物にすると決めていた――いつか絶対に。その〝いつか〟がどんなに遠く離れた場所から真田のことを嘲笑っていようとも。

 以前から目をつけていた相手と初めて本格的に接触したのは、IBAFの大会のときだった。
 正バッテリーとして組まされ、ホテルの部屋を同室にされたそのとき、真田はこんなチャンスは後にも先にもないであろうことを悟り、機を逃さなかったのだった。丹波ミサキを楯にとってもし自分の言うことをきかなければ試合で手を抜く、と脅したのだ。
 しかしハナから手を抜くつもりなどなかった。――少なくとも、傍目にわかるほどあからさまな形では。
 そんなことをすればスカウトからの心象が悪くなり、ドラフトで上位で指名してもらえなくなるかもしれないからだ。経済的余裕のない今、つまらぬ私情でもらえるはずの契約金をフイにするなどありえないことだった。
 だから、澤への脅しはほとんどハッタリも同然で、もし相手がそれを見抜き、追及してくればそれこそフイになるたぐいのものだった。
 しかし、澤は真田のウソを見抜けなかった。もしくは、見抜いていたが、真田の突っつかれたら困る部分を攻撃するという選択をすることができなかった。
 多分後者だろう、と真田は思っていた。澤には、できるだけリスクを避ける傾向があるからだ。
 それは真田が相手と接する中で、あるいは相手の試合運びを観察する中で発見した、澤のウイークポイントだった。
 多くの場面で彼女に有利に働くであろうその特性を、真田は利用し、丹波に被害が及ぶ可能性が一%でもあることを嫌がる相手を従わせることに成功したのだった。
 そこまではよかったのだ、と真田は回想する――後輩の将来を潰すリスクを、例えそれがわずかだったとしても負いたくない相手につけ込み、その身体を奪ったところまでは順調だった――順調すぎた、と言った方が正しいかもしれない。
 先読みや深読みがお手のものの栄徳のブレインを丸め込んだところまでは。
 だが、問題はその後だった。――澤の精神があまりに強靭すぎたのだ。
 彼女は、自分の領域を無遠慮に侵されても、文句も言わず、抵抗らしい抵抗もしなかったが、その、脆弱そうに見えてその実鋼のような魂は、真田が己の中に入ってくることを完璧に防いだ。それは、相手を撥ねつけるという、ありきたりで、実際はさほど効果がないやり方ではなく、真田と、彼女の所業をすべてなかったことにする、という高等技術を用いて己を守った。
 彼女はIBAFの間じゅう、真田を恐れることも、恨むことも、彼女に対して腹を立てることも、嫌悪することもなく、ごく自然に接していた。
 そういった反応を全く予期していなかった真田は驚き、一種衝撃を受けて混乱した。どんなに相手を貶めるような言葉を吐いても、どんなに手ひどく相手の身体を蹂躙しても、澤はほとんど顔色を変えなかったのだ。
 この予想外の展開に真田はうろたえ、今後どのようにして相手との関係を構築してゆくか、方向性を見失いかけた。しかしそれでも、澤を手放すつもりはなかった。
 高校一年の夏の練習試合で、その、健康的だがどこか儚い美しさに魅せられて以来ずっと恋慕しつづけてきた相手をついに――例え物理的にだけでも――手中に収めたのだ。相手の気持ちがこちらを向いてくれない、などという些細な理由であきらめるには、その存在は既に真田の中で大きくなりすぎていた。
 だから真田は、IBAFが終わっても相手を解放するつもりなどなかった。何かしらゆすれるネタを見つけて自分との関わりを絶たせないようにしよう、と画策していた。
 しかし結局、大会の終焉と共に丹波というカードが使えなくなったとき、それに代わるカードを見つけることはできなかった。それで、真田の、澤との短すぎる蜜月はアッサリ終わりを告げたのだった。

                        *

 帰りの飛行機が成田空港に到着し、ゾロゾロとタラップを降りて空港内のロビーに輪になって集まったとき、真田は隣に並び立った澤にさりげなく近寄り、小声で耳打ちした。
「終わりにするよ」
 すぐにその主語も目的語もないその言葉の意を解したらしい澤は、真田の方に顔を向けると、やはり小声で囁き返した。
「約束、守ってくれてありがとう。おかげで丹波ちゃんものびのび投げられたみたいだったよ。これからも組む機会があったらよろしくね」
 〝これからも組む機会があったらよろしく〟――その文末のセリフにかなりの衝撃を受けた真田は、軽いめまいを覚えてよろめきそうになった。それを、臍下の丹田に力を込めてこらえつつ、彼女は、自分の思いもやったことも完全に無かったことにされたのだ、と悟った。それは屈辱的で心に痛みをもたらした。
 真田は圧倒的な敗北感に打ちのめされながら、微笑みを浮かべて自分を見てくる相手に、ああ、と頷いた。そして、相手の人間的な美しさや、魂の清らかさに改めて胸を打たれつつ、このひとの隣を歩ける人は幸せだな、とぼんやり思った。


関連記事



記事一覧  3kaku_s_L.png About
記事一覧  3kaku_s_L.png お知らせ
記事一覧  3kaku_s_L.png 作品のご案内 
記事一覧  3kaku_s_L.png ジェンダー
記事一覧  3kaku_s_L.png 映画のレビュー
記事一覧  3kaku_s_L.png その他
記事一覧  3kaku_s_L.png Links
記事一覧  3kaku_s_L.png 倉庫
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
【登場人物一覧表1(ネタばれなし)】へ  【14.Parallel Lines 1】へ