栄徳高校女子野球部! スピンオフ (更新停滞中)

12.未来

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                               updated.18.7.2

陽光きらめく天高く白球が舞い、少し気の抜けたような打球音が球場に響き渡る――打ち取った音だった。
「ナイリー、ナイリー!」
 多くの人々が投手をほめたたえる中で、そう言って駿河紫音(するが・しおん)をねぎらってくれたのは、同級生で、チームメイトで、かつライバルである友人――澤一樹だった。
彼女は、スタンドの最前列に座ってメガホンを振り回していた。駿河は彼女に向かって軽く手を上げると、先ほどリリーフした二年生、緑川順と共にベンチに下がった。そして防具を外しながら、試合ってなんて楽しいんだろう、と思った。
 入部して一年――駿河がマトモに試合に出るのは、今日が初めてだった。荒川遊人、澤一樹、石神京香らの層の厚い捕手陣を擁するチーム栄徳で、これまで、駿河の出番はないに等しかった。彼女は、二軍の練習試合でさえ先発させてもらえたことはまだ一度もなかった。
 そういう事態をある程度覚悟のうえで入ってきたから、そのせいでモチベーションが下がるとか、やめたくなるとかいった事態に陥ることはなかったが、それでもやはり試合に出たい――それも一試合通して――という思いはあった。
当たり前にフィールドに立つ澤や石神を何度羨ましく思ったかしれない。駿河は、いつもスタンドから、近いようで遠いグラウンドまでの距離の意味を考えていた。自分に足りないものは何なのか、まだ伸ばす余地のあるものは何なのかを、自分なりに分析し、努力した。
 でも、努力の方向性が正しくなかったのか、はたまた、そもそも努力で埋めることのできないものに対して見当違いの努力をしていたのか、彼女らとの溝はなかなか埋まらなかった。
 それでも彼女は己が歩みをとめなかった。押してダメなら引き、引いてダメなら転がした。その努力をムダだと言う人もいたが、それが正捕手の獲得という形ではないにせよ、自分のしたことがムダになることは決してない、と経験的に知っていた駿河は、前を向くのをやめなかった。練習試合での先発の話が出たのは、そんな時だった。
 単調な基礎練と冬合宿を乗り越え、風があたたかくなり始めた春先――今年初めて行われる練習試合での先発が決まった。相手は桃井が懇意にしている監督がいる、近所の県立高校だった。彼らは部員数が二十人に満たないため、ほとんどいつものメンツが先発していたが、栄徳の方は二軍の部員が主だった。
 この千瀬高校とは以前からしょっちゅう試合を組んでいたが、栄徳の方のレギュラーメンバーが先発するとほとんど試合にならないのが常だった。だいたい五回コールドで終わってしまう。それでも監督の桃井は相手を尊重し、たいていベストメンバーで戦わせていた。
 しかし今回に限っては何を思ったのか、ベンチ入りしていない選手のみでチーム栄徳を編成すると宣言した。彼女がその理由を、来る夏大に向け、チーム全体の能力の底上げを図るためだと説明したので、選ばれた面々は沸き立った。皆、彼女のことばが一軍昇格の可能性を示唆していることに気付いたからだ。駿河は必ずしも楽天的なチームメイトたちと意見を同じくするわけではなかったが、試合に出られるという事実には胸が躍った。そして、不安と、それを上回る期待と共に、高校生になって初めて試合で先発したのだった。

 試合は五分で終盤を迎えていた。終盤を任された栄徳の二年生、緑川順と、相手チームのリリーフはともに力投していた。
駿河は打席に立つチームメイトを鼓舞しながら、緑川の様子を窺った。彼女は汗を顎から滴らせていたが、顔色は良く、存外元気そうだった。前の回、きわどいところを要求しすぎたか、と思ったがどうやら杞憂だったようだ。適度に練習をサボるクセのある緑川は、練習のときには見せたことがないほど楽しそうな表情をしていた。他のチームメイトたちもまた、自分たちが主役になれるということに感極まって、頬を紅潮させていた。
監督がどういう意図でこのオーダーにしたのかはわからない。その言葉どおり、夏大にむけて使えそうな選手を掘り起こすためなのか、レギュラー陣の尻に火をつけるためなのか、そのどちらでもない第三の理由によるのか、駿河にはわからない。
しかし、どういう意図が背後にあろうと、駿河はこの試合を組んでくれた彼女に感謝せずにはいられなかった。球を捕るだけの存在だった自分を表舞台に出してくれたことをありがたく思った。

結局、試合は相手校の勝利で幕を閉じた。緑川のコントロールが最後、定まらなくなってしまったためだ――しかし、彼女は通常ブルペンに入っていないのだからこれは当たり前といえば当たり前だった――。しかし、それ以外は、即席チームにしてはエラーも少なく、しまった試合だった。
相手校の監督とのあいさつを終えて戻ってきた桃井は、ダウンを終えた選手たちを集め、こう言った――雪辱は必ず果たすからな。
それを聞いた瞬間、駿河は場の雰囲気が一気に明るくなったのを感じた。チームメイトたちは一様に目を輝かせ、口々に今日の問題点は何だったか議論し始めた。駿河は彼らと同様華やいだ気分で、次の戦略について考えながら市民球場を後にした。

球場の出入り口でレギュラー組と合流すると、途端に彼らからねぎらいの言葉がかけられた。そして一同はいつもよりも和やかな雰囲気で帰途についた。
駿河が暗くなりつつある道を、今日、共闘した内野手の蛭子ひなこと共に歩いていると、背後から声をかけられた。
「紫音ちゃん」
 振り返ると、いつもより荷物の少ない澤がいた。
「おつかれさま!」
 ちょうど彼女と話したかった駿河は、微笑んでうなずいた。
「負けちったけどねー」
「次は勝てるよ!ひなちゃんもおつかれさま」
 蛭子は嬉しそうに、ありがと、と返した。
彼らが進む道は交通量が多い道路沿いだったため、三人は声を張り上げて会話をしなければならなかった。
車のライトと街灯が黄昏どきの街を照らし出す。西方に連なる山の向こうの空は焼けるような橙とピンクに染まっていた。
駿河はその空を見つめながら口を開いた。
「七回以降……どういうリードをすればよかったのかな?」
 すると、隣を歩く澤はうーん、とうなった。
「基本的には紫音ちゃんのやった通りでよかったと思う。私でもあの場面はあんまりスライダー要求しなかったと思うな。――ただ、フォアボール一コ出した時点で間合いは取ってたかも……」
「七回のとき?」
 澤は頷いた。没しゆく太陽の光に照らされ、その頬が橙色に染まった。
「次の相手は長打がないバッターだったし、打たれてもいいよ、くらいの勢いで真ん中投げてもらったかも」
「まっすぐを?」
 駿河が驚いて聞き返すと、澤は頷いた。
「緑ちゃん、たしかまっすぐ好きだったでしょ?球威は結構あるタイプだから、真っ向勝負!って言ってみたら面白かったかなって」
「でも――打たれたらそれこそ目も当てられないんじゃ……」
 しかし澤は首を横に振った。
「それくらいで崩れるような投手じゃない。――それに、一番自信ある球をもってかれたら、なにくそって練習に熱が入ると思うよ?」
「そうかあ……真っ向勝負かあ……それは思いつかなかったなあ」
 頭を掻く駿河からバットとその他の用具が入ったバッグを奪い取って、澤が言った。
「これから緑ちゃんと戦ってくんなら、そこは乗り越えとかないとダメかも……」
「うーん、どうかな……今日の試合はイレギュラーだったから、これで終わりな気がする」
 すると澤は意外そうな顔をした。
「監督、今後もやるって言ってなかった?」
「言ってたけど、本当にやるかな?」
 駿河は、雪辱を果たす、と言った監督のことばを額面通りには受け取っていなかった。
彼女の問いに、澤は妙に確信のある口調で、やるよ、と答えた。
「そうだったら嬉しいけどね?……本当、今日は楽しかったなあ……一樹ちゃんっていつもコレ味わってんの?羨ましいーー」
 そう言うと、澤は少し傷ついたような、申し訳なさそうな表情になった。
「やっぱ試合、したいよね……?」
 澤の問いに、駿河は隣の蛭子と顔を見合わせてうなずいた。
「そりゃーねー。ブルペンもそれなりに楽しいけど、グラウンドってのは何か一味違うってゆーか……一樹ちゃんも今日、おれたちの気分がわかったでしょ!?……いつもどんな気持ちでおれたちがメガホン片手に叫んでるか……ね、ひなちゃん?」
 駿河は冗談めかしてそう言った。蛭子は笑って同意した。しかし澤は笑わなかった。そして、しんみりと、よくわかったよ、と呟いた。
 駿河は相手がなぜ顔を曇らせているのかわからなかったが、単純におなかが空いたのだろう、と結論し、気にしなかった。
 三人はやがて駅前の商店街についた。駿河は寄り道していかないか、と澤を誘ったが、彼女は首を横に振った。そして、別れ際、おもむろに、緑川を自主練に誘ってみないか、と切り出した。
「緑ちゃんはやっぱ……コントロールと変化球だと思うんだよね。今日の試合で課題も見えたし、明日でも誘ってみない?」
 その提案に、駿河は目を見開いた。
「自主練?」
「うん。部活中は緑ちゃんブルペン入れないでしょ?だから終わったあととか……彼女の予定も聞かなきゃだけど……」
「そうだね……やろう!」
 駿河がそう言うと、澤の唇が弧を描いた。今日一番の笑みだった。
「このままじゃ終われないもんね?千瀬に勝たなきゃ!」
 駿河の頭の中で、再び試合に出る自分の映像が流れた。ちょっと前まではありえない未来として切り捨てていたそれが今は、確実に到来する未来に変わっていた。そして、また明日、と別れの挨拶をして改札に吸いこまれてゆく澤の背中を見ながら、その未来は絶対に来る、と思った。



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