栄徳高校女子野球部! スピンオフ (更新停滞中)

2.ヒーロー1

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教室は喧騒にみちていた。今朝、教師に指示された、窓際・前から四番目の席で、澤一樹はのろのろと箸を取り出し、昼食の準備を始めていた。
 見知らぬ土地の、見知らぬ学校の、見知らぬ教室と、見知らぬ人々は彼女に緊張感を与えた。誰からも見られている気がして落ち着かなかった。これからこの場で、転校生としてどのように振る舞っていくべきか考えながら牛乳パックにストローを挿したそのとき、目の前の机に影が落ちた。
「よ」
 その声に顔を上げると、一番初めに声をかけてくれたクラスメイト――榛名玲が、お膳片手に立っていた。
「ここ、座っていい?」
 彼女はそう言って、澤の前の空いている席を指ししめした。澤はうなずいて、小さな声で、いいよ、と返した。
 榛名は、澤の机に配膳された給食を置くと、イスの向きを変えて、澤と向かいあわせに座った。
「イツキちゃん、だよな?――さっきも言ったかもしれないけど、一応改めて自己紹介しとくね」
 榛名はよく通る声でそう言って、着ていた紺色のパーカーに留められた名札を指した。
「おれ、榛名玲。〝玲〟っていう字は、王様の王に、命令の令って書くんだ。ちょっとエラソーだろ?よろしくな」
 澤は、牛乳パックに挿したストローをつかんだまま、相手の輝くような笑みと、歓迎の言葉を受け取った。それらは即座に彼女の臓腑の底まで落ちて、体の芯を温めた。
 澤はストローから手を離し、相手にならって自分の名前の説明をした。
「私は、数字の一に、木っていう意味の〝樹〟っていう漢字で、〝一樹〟だよ」
「エーと……東京の方から来たんだっけ?」
「うん。東京のとなりの埼玉だよ」
「へえー。どんなトコ?」
「えーと……山があんまりない……」
 澤が答えると、榛名は笑って窓の外を見た。
「ハハッ、確かにこっちは山多いけどさ」
 澤が転入した小学校は市街地にあったが、永遠に平野が続く地元とはちがって、ここではそう遠くない場所に山並みが見えた。
 澤は、自分の返答のつたなさに赤面しつつ、春巻きをかじった。
 榛名は、澤の異変を気にも留めずに続けて聞いた。
「むこうって雪降る?」
 澤は首を振った。
「何年かに一回しか降らないよ。宮城は降るの?」
「うん、降るよ!だから冬になったら一緒にかまくら作ろうな?――去年はみんなで誰が一番デカイの作れるか競争したんだ!……かまくら掘るの、得意?」
 得意かと聞かれても、そもそもかまくらを作ったことがなかったので口ごもっていると、榛名は頭をボリボリ掻いて、あ、忘れてた、と言った。
「あっちは雪降らないんだったな。ゴメンゴメン、おれ忘れっぽくてさ。あっ、そうだ、コレ食べたら校庭行こうぜ。さっきのつづきやるから。な?」
 榛名が声をかけた先には、クラスメイトの小島秀隆がいた。彼はうなずいて、早く食べろよ、と言った。
 〝さっき〟やっていた遊びは、ジャングルジムを使っての鬼ごっこだった。二時間目と三時間目の間の長い休み時間、榛名たちはそれをして遊んでいた。そして、その遊びに誘ってくれたのが榛名で、その彼女の行動がクラスの雰囲気を変えたことを、澤は肌で感じ取っていた。
 都心からの転校生がやってきて、すこし張りつめた空気をまとって澤を遠巻きにしていた生徒たちが、榛名の〝一緒に遊ぼう〟のひと言で、まるで呪縛が解けたかのように、澤に話しかけ始めたのだ。澤は、幼いながらも、榛名のそのひと言が自分を新しい共同体へと誘ってくれたことを感じていた。
「オニ、直からだからな」
 榛名が言うと、直、と呼ばれた女子生徒がほおをふくらませた。
「えー、もう一回最初からやろうよ」
 彼女は先ほど最後に鬼だった子だった。
「ダメ。オニは持ち越すってルールだろ?」
 榛名がぴしりと言うと、彼女はしぶしぶといった様子で、わかったよ、と返した。榛名は苦笑して、再び澤の方をむいた。
「ジャングルジムでやると、おもしろいだろ?」
「うん。はじめてやったよ」
「はじめて!?一樹ちゃん、すごいな!」
 榛名はパン片手に感嘆した。
「はじめてであんなにうまくやれるなんて……あっ、そうだ、おれ、放課後に公園で野球やってんだけど、来ない?」
「公園……?」
「そう」
 榛名は、パンを牛乳で流し込んでから言った。
「旭東公園。ウチの近くなんだ。案内してあげるよ」

 かくして澤は、転校初日を乗り切り、さらに野球仲間も見つけたのだった。
 引っ越し先が、この、やがて学生時代のほとんどを共にし、また、その後も一生関わりを持ち続けることになる、気さくなヒーローの家の斜向かいだということを、澤はまもなく知ることになる。

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