栄徳高校女子野球部! 本編 (完結)

第18章 冬

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 秋季宮城大会を準優勝した栄徳高校は、十月十日から始まる東北大会にコマを進めた。東北六県の各県上位三校、計十八校のトーナメント戦である。
 しかし、不運にも、対戦回数が一回多い山に入り、初戦には勝ったものの、続く棚田高校との対戦で敗れてしまった。
 初戦は夏大会でも活躍著しかった丹波ミサキが完投、完封勝利した。続く二回戦はエースの榛名玲が投げたが、失点七で敗れた。全体的に、丹波の成績が良好な大会だった。

 季節は間もなく、冬になった。部員たちは、日々単調な基礎練習に励んでいた。
 丹波は課題とされていたコントロールをコーチと正捕手澤一樹、および石神京香の指導によって改善することに成功した。球種も増え、彼女は次第にプロ球団のスカウトの注目を集めるようになっていった。
 
 春のセンバツの選考に漏れた栄徳高校の次期三年生に残された大会は、夏大会のみ。ここまでエースとしてチームを引っ張ってきた榛名には、最後まで一番を背負わせてやりたい、と思うのが人情というものだった。しかし、秋大会での実績から判断すると、春からのエースはどう考えても丹波だった。ただ問題は――と、桃井は湯呑の茶をすすった。――澤がどう出るかだ。
 桃井は、割と早い段階――二人が入部してきた当初――から、現正捕手の澤一樹が榛名玲に執着していることを見抜いていた。一人の投手だけ追いかける捕手は、本来望ましくない。そう思ったが、桃井は焦らずに様子を見てみることにした。その理由の一つには、澤の能力が頭抜けていたこと、そしてもう一つには、中学時代に澤と組んだ榛名以外の投手の防御率がそう悪くなかったからだった。
 そこで、澤を正捕手にして当時エースだった横川和海と組ませ、様子を見てみたところ、彼女は従属性という一種の才能によって、それまでバッテリーだった荒川遊衣以上に横川とうまく折り合いをつけることに成功した。完璧主義でプライドが高いきらいがある横川を見事に懐柔したのだ。
 最終的にこのバッテリーは、チームを甲子園にまで導いてくれた。それを受けて、桃井は以後、澤のやり方には口をさしはさまないことにしたのだった。
 彼女は、傍目には捕手としての仕事をしていないように見える。しかしその実、澤はチームが抱える投手全員をよく見ていた。投手の性格や癖を聞かれたことも多くあるし、配球について相談も多々受けていた。澤は、ただ能力があるだけではなかった。配球の組み立てや、相手打者の分析が好きで、いつもスコアブックを眺めていた。部員の一部には、澤には闘志が欠けている、という者もいたが、おそらく澤は、部内で最も野球が好きな部員のうちの一人だろう、と桃井は思っていた。
 そんな澤の欠点はただ一つ、幼馴染への異様な執着だ。夏の大会で澤の精神状態に問題が起こったときに聞いた話によれば、その執着は、昔、榛名の母親に不幸な事故があったときの負い目を根っこにしているらしかった。桃井としてはその重石をどうにか取り除け、澤がその能力を百二十%発揮できるようにしてやりたかった。
 だから、夏の大会以来、榛名が澤から一歩引くようになったのはいい変化だった。その時は苦しいかもしれないが、長い目で見れば二人のためになる、と桃井は二人の変化を歓迎した。
 榛名に距離を置かれて、明らかに様子が変わった澤は、ほかの投手の育成に目覚め、投球指導のコーチや桃井とともに、飯田と丹波を指導し始めた。これは、甲子園で優勝できなかった副産物というものだった。
 榛名と澤の癒着が取れれば、よりチームの質も上がる。桃井はそう確信していた。
 しかし、そういう癒着がそう簡単に取れるものではないこともまた彼女はわかっていた。だから、榛名がエースを降ろされた時の澤の反応が心配だった。ヘソを曲げるくらいならまだしも、これを機に二人の共依存が元通りになったら元も子もない。
 榛名に夏大まで投げさせるか――?いや、しかし……。
 桃井は散々悩んだ挙句、やがて結論を出した。――やはり、春からは丹波がエースだ。澤には乗り越えてもらう。
 桃井はそう決めてひとり頷き、冷めきった茶を飲み干した。すっかり暗くなった窓の外で、みぞれが降り始めていた。

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