栄徳高校女子野球部! 本編 (完結)

第13章 訣別

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 澤一樹の予想に反し、甲子園で敗北を喫した試合――準々決勝の日――から二週間たっても榛名玲の態度は軟化しなかった。スタメンを外れた澤は練習で榛名の球を受けることもできず、寂しさが募っていった。
 榛名の態度は、時間がたつにつれてより一層硬化し、話しかけても反応してもらえなくなったので、澤はいよいよ焦り始めていた。
 もしかして自分は榛名に絶交されたのではないか? 完全に見放されてしまったのではないか?――そういう考えが頭をよぎるたびに、不安は増していった。
 
 澤は、練習終わりのグラウンド整備を行いながら、近くで同じく土をならしている榛名に目を向けた。彼女はこちらの視線に気づいても目もあげずに作業を続けた。
 澤はため息をこらえた。榛名はここのところ、ずっとこんな調子だ。練習中は言わずもがな、練習後のいっとき、かつてはよく言葉を交わしていた時間も、澤の呼びかけにこたえてくれなくなった。
 榛名は完全に澤がいないかのように振る舞った。澤にとっては、それが最も堪えた。これならひどい言葉を投げつけられる方が百倍いい。責められ、詰られる方がマシだった。
 澤は胸の痛みをこらえ、勇気を出して榛名に一歩近づいた。今日もまた無視されるだろう、と半ばあきらめの入り混じった気持ちで、桃井からもたらされた朗報を伝えるべく口を開く。
「榛名さん、」
「………」
 榛名は手の動きを止めなかった。
「私、今度の秋大からレギュラー戻れるって」
「そうか」
「う、うん。だから、またよろしくね」
「ああ。……用件はそれだけか?」
 澤は、ここ数週間で初めて榛名から沈黙と業務連絡以外の言葉――それがたった一語であったとしても――が得られたのがうれしくて、勢いづいて続けた。
「ううん。あの、ええとね、榛名さん大会以来うち来てないでしょ? 家族も心配してるし、そろそろ、来てほしい……。お姉ちゃんも待ってるし……」
「そのことなんだけどな」
 榛名が整備の手をとめ、澤の方に向き直っていった。相手が久しぶりに自分とまともに目を合わせてくれたのに、何か嫌な予感がして澤は素直に喜べなかった。その先の言葉を聞いてはいけない、と誰かが言っていた。
「ちょっとおれも考えてたんだ。何かおれ、今まで澤や、ご家族に甘えてたなって。毎週来られて迷惑じゃないワケないし、六佳もそろそろ本腰入れて受験態勢だろ?……まあ、いきなり行かなくなるってのはちょっとアレだと思うから今週は行くけど、今後はだんだん回数減らしていった方がいいかなって思うんだ」
「そんな、全然迷惑なんかじゃないよ。何でそんなこと言うの?……とり返しつかないことしちゃったのは分かってる。試合ぶち壊して、三年生の夏を終わらせちゃったことも分かってる。だけど……」
「そんなこと思ってもないくせに」
 榛名はさげすむように澤を見た。その凍てつくような視線は彼女の背筋を凍らせたが、同時に、相手の瞳の中に自分が映り込んだことへの、やっとマトモな会話ができたことへの喜びが背筋を震わせてもいた。
「お前は、ただおれの肩が無事で、今後の投球に差しさわりがなきゃよかった。試合の後、そう言ったよな? チームの事なんて一つも考えてねえじゃん。金沢さんとか沖さんとか、チームメイトのみんながあの一試合勝つためにどれだけ練習を積み重ねてきたか、どれだけあの時勝ちたかったか、お前は分かってない。彼女らはお前が故意にチーム負けさせたとは思ってないし、おれもわざわざ言うつもりもないけど、お前はやっちゃいけないことをしたよ、一樹。正直、もうお前とは試合に出たくない。………もう、こういうのは終わりにしないか、一樹」
 榛名は疲れたようにこめかみを揉みこんだ。
「お前は解放されるべきだ。いつまでもおれに負い目を感じ続けることなんてない。おれにそんなに尽くしてくれなくていい。……弁当だって母親代わり位に思って作ってくれてたのかもしれないけど、お前、別におれの保護者じゃねーし、作る義務なんてねーんだよ」
「す、すてないで!」
 澤は絶望に染まった瞳を榛名に向けた。彼女が大声を出したので、少し離れた所にいた部員たちが振り返った。
 澤は、トンボを放り出して榛名の足に取り縋った。
「捨てないで下さい……! 何でもするから、見捨てないで……!」
「あのなあ」
 榛名はしゃがみこんで、自分から離れまいとする澤と目の高さを合わせた。
「捨てるとかじゃない。普通に戻ろうっつってんの」
「フツーってなに? 私は弁当をイヤイヤ作ってるんじゃないし、他のことだって好きでやってるんだ……今まで通りがいいよ。今まで通りが〝フツー〟でしょ?」
「フツーじゃない」
 榛名が首を振った。
「〝フツー〟のチームメイトが相手に球ぶつけるか? 荷物を押しつけるか? 暴言吐くか? 命令するか?――おれたちは〝フツー〟じゃないんだよ。おかしいんだ、ずっと前から。――いい加減こういうのはやめなきゃないと思う」
「そんな……やだ……いやだ!」
「いやも何もない。終わらせなきゃおれたち前に進めない。……来週からもう弁当作って来なくていから。今までありがとな。悪いとは思いつつ甘えてた。澤の弁当うまいしさ」
「おーい、グラ整終わったか?」
 榛名は、グラウンドの向こうから呼ぶ羽生葵に今行く、と怒鳴り返し、立ち上がりざまに澤の腕をとって立たせた。
「もどろうぜ」
 榛名はそう言って澤に背を向け、グラウンドの隅に駆けていった。澤は茫然とその背中を見送った。
 まさに今落ちんとしている太陽が、グラウンドの別の面で走り回るサッカー部員たちを照らしだしていた。

                              *

 羽生葵は、寮のレクリエーションルームのソファで片膝を立ててだらしなく座りながら、築地真琴(つきじ・まこと)に質問攻めにされる榛名を眺めて心の中で笑っていた。大阪出身の、いつも明るくて面白くておしゃべりなチームメイト、築地は、他の大部分の部員と同様に、バッテリーの関係を誤解しているクチだった。そして、誤解は更なる誤解をよんで榛名を困らせていた。
「なあ、嘘やろ、自分らつきあってなかったなんて。普通、友達に毎日弁当なんてつくらへんで。それにあんたら、世界に自分ら二人だけってカオしてよう見つめあっとるやん。実際どこまでいっとるん?」
 ニヤニヤ笑いながら聞く築地を、榛名は射殺さんばかりに睨みつけた。築地は、おおこわ、と両手を上げつつ、まったく引く気がなかった。
「それにしてもお前も冷たい女や。あんなに健気なツキを振るなんて。甲子園でのミスまだ根に持っとんのか? ケツの穴の小さいやつや」
「だから、何勘違いしてんだよ! そもそも俺ら付き合ってねーから! あいつの事なんて全然知らねーから! いまだに何考えてんのかよく分かんねーし……」
「ああ……可哀想なツキ……。今までの恩を仇で返されるなんて」
 築地は、榛名の言葉も聞かずに座っていたソファに横たわり、よよ、と泣く真似をした。
「せやからこんな暴力女やめときっていうたのに」
「マジ殴るぞ」
 榛名は額に青筋を立てた。二人の会話は一向にかみ合わなかった。
「いくらツキが優しくてもやっていいことと悪いことがあるで、榛名。校庭なんぞで別れを切り出した揚句に蹴るなんて、ツキがかわいそすぎる。……もう大会も近いんやから、はよ謝ってヨリ戻しや」
「はあー……羽生、何とか言ってやってくれよ」
 榛名はうんざり、といった様子で羽生に助けを求めた。羽生は、まあ仕方ないか、と思って口を開いた。
「まこっちゃん、あのね、はると澤は一般的な意味で〝付き合って〟はいないよ。つまりチューしたりそれ以上したり、恋人みたいな関係ではない。でも、精神的にはふかーく繋がってるわけ。誰も割って入れないくらい強いきずなで結ばれてんの。だから、付き合ってるように見えるかもしれないけど、本当は違うんだよ」
「……全然フォローになってねんだけど」
 榛名が軽く睨んでくるのも構わずに、羽生は説明を続けた。
「まあ、いうなれば〝精神的な伴侶〟ってとこかな」
「二人は幼馴染っちゅー話やったもんなあ。小学生の時から同じチームやったんやっけ?」
「まあ……そうだけど」
「ツキはたしか、最初ピッチャーやってたっていう話やったよな? 何で続けへんかったの?」
「それは……まあ色々あって、キャッチャーやるとか言いだして……」
「ツキは榛名の球捕るためとか言ってたけど、まさかそんなことないやろし……中学でキャッチャーいなかったんか?それでやらされたとか……」
「さあ。おれも澤の考えてることよくわかんねーし。何かあいつなりの考えはあったんだろうけど……」
「もったいないなあ? ツキやったら絶対エースになれたのに」
 築地がこう言った瞬間、榛名の顔色が変わった。地雷を踏んだな、と思った。
そうだな、と築地に相槌を打つ榛名をハラハラ見ながら、内心舌打ちをする。築地のこういう地雷発言は年中行事で、羽生はそのフォローにいつも気を遣っていた。
「どこでもなれるかはわかんないっしょ? 普通の高校ならまだしも、うちみたいに各地から選手引っ張ってくるような学校じゃ――」
「いや、なれる」
 羽生のフォローを遮って築地は断言した。
「ツキは才能あるやつやさかい、どこ行ってもエース張れるで」
 どうして現在エースの前でそういうことを言えるのか、羽生には理解できなかった。デリカシーのカケラもないとはまさにこのことだ。築地は榛名と澤の確執、というか榛名が澤に対して抱く劣等感を知らないのだから仕方ないといえば仕方ないかもしれないが、もう少し言い方を工夫できないのか――?
 羽生は若干苛立ちを感じつつ、どう切り返すか迷った。
「そうだな」
 羽生が何か言う前に榛名が頷いた。
「澤がピッチャーだったらおれは補欠だな」
「いや、そんなこというてへんやん。うちのエースは榛名や。それは変わらん。第一、あんな奴がマウンド立ってたらこっちのやる気がうせるわ。――ていうかツキってスポーツ全般に向いてないんちゃう? 入部早々スタメンとった時も大して喜んでなかったし、勝ってもそんなうれしそうやないし……。うちなんて、レギュラー獲った時は赤飯炊いてお祝いしたで。栄徳でスタメンとるって簡単なことやないからな」
「うん、私もスタメンになった時は嬉しかった。普段は控えてるけど、自分へのご褒美に特大パフェ食っちゃったもんね」
 羽生はこれ幸いと、その話題に食いついた。
「特大パフェってもしかして駅前の〝ラ・ボンボン〟の?」
「そうそう。あの時は秋だったから、マロンパフェってのがあってね……」
「なんやかんや葵ちゃんも一年からスタメンやもんなあ。うちも打順下がらないように頑張らな」
 話題が逸れたことにホッとしながら、羽生は榛名をちらりと見た。思ったよりは気にしていないようだが、先ほどの〝澤がピッチャーならどこの高校でもエース〟発言に榛名が気分を害したふうなのは明らかだった。

 二か月前にその心中を吐露されるまでは、はっきりとはわからなかったが、榛名は才能を持ちながら、長らく澤の存在感に圧倒され続けてきたようだった。
羽生は、入部当初の榛名と澤の険悪なムードを思い出す。あの時の榛名の荒れようは凄まじかった。
 澤どころか、他の人間も寄せ付けず、ただひたすら練習に打ち込んでいた。まるで手負いの獣みたいに獰猛で、うっかり近寄ったらかみつかれそうな攻撃的な雰囲気を醸し出していた。金沢でさえも声をかけられなかった位で、羽生も怖くて近寄れなかった。
 そんな中で、榛名の怒りの原因の当の本人だけは、何度拒絶されようとも懲りずに寄っていった。どんなに機嫌が悪かろうが、球を捕らせてくれと近づいていくので、見ているこっちがハラハラするくらいだった。
 羽生や、ほかのチームメイトの大部分は当時、二人の確執について――具体的には、榛名が小さいころから澤と比較され続けてきたことについて――知らなかったので、皆、澤に肩入れした。それで榛名は孤立しがちになったが、面倒見のよい金沢が彼女に目をかけていたので、かろうじてチーム内に居場所を確保していた。
 そんなふうに大荒れだった榛名も、金沢のフォローのおかげもあってか、入部から二カ月ほどたった頃から落ち着き始めた。当初のショックから立ち直ったのか、澤がスタメンになって投球練習の相手が石神になったからか、もしくはその両方かは分からない。
 しかし、榛名の心をかくも乱した原因の核みたいなものは彼女の中にまだあって、ちょっとした拍子にくすぶっているのを羽生は感じていた。
 築地とパフェについて語り合いながら、もう地雷を踏まないでくれよ、と心の中で目の前のチームメイトに語りかけた。


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