栄徳高校女子野球部! 本編 (完結)

第12章 新しい主将

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 教室の窓辺の席で秋の空を眺めながら、金沢悠木は〝あの日〟の事を思い出していた。全く打てずに敗北を喫した日。その日のために、その一試合を勝つために高校生活のすべてを捧げてきたのに、報われなかった日。どんなに祈っても目が覚めることのなかった、悪夢のような日。
 金沢は、〝あの日〟以来一カ月、何事にも興味が沸かなくなっていた。無気力で何にも集中できず、時折襲ってくるフラッシュバックに苦しんだ。

 最後の試合の相手投手だった青葉西高校のエース、相葉の球は、榛名玲のように隙が無く、また、丹波ミサキのように球威があって、金沢でもなかなか歯が立たなかった。失投も甘い球もほぼなく、誰かが塁に出ても次につなげることができなかった。
 唯一、二年生の羽生葵が上手く相手を捕らえて打てたが、それだけで点が入るハズもなかった。
 彼女が必死に打ってくれるのに、四番の自分が打てないのが申し訳なくて、自分の力の無さに歯がみした。また、継投した二人の投手、丹波と榛名もよく投げてくれていたのに、援護射撃ができなかった、と自分が許せなかった。
 試合後、頼りない先輩で、頼りない四番でごめん、と何度も何度もチームメイトに謝った。後数歩で勝利をつかめたのに、自分の努力不足、力不足でチームに貢献できなかったことが金沢を打ちのめした。
 そのため、引退してからも部にちょくちょく顔を出す他の三年生とは違い、彼女は行くことができずにいた。グラウンドや、白球や、バッターボックスが目に入るたびに、自分が三年間いかに練習不足だったか、誤った練習をしていたか、チームに迷惑をかけてきたか、体作りをきちんとしてこなかったか、などが思い出されて、金沢を苦しめた。そもそも野球をやらなければこんなに苦しむこともなかったのに、と思わずにはいられなかった。
 ぼんやりと、今ではもう慣れ親しんだ胸の痛みに侵食されていると、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「――金沢さん、また榛名って子きてる」
 クラスメイトの岩崎に言われて教室の後ろのドアを見ると、榛名が手を振っていた。
「おーい!」
 金沢は息を吐きだして席を立ち、榛名の元に歩いていった。灰地に紺色の縦線が入ったジャージ姿の彼女は、若干上背のある金沢を見上げていった。
「今日は部活来てくれますよね?」
「あー……今日は友達と約束あるから――」
「そんな約束いいでしょ。ほんとに今日という今日は顔出してもらいますからね。金沢さん来ないと、皆やる気でないんすよー。頼むから来て下さい。お願いします」
 金沢は自分の首根っこ掴んで連行せんばかりの後輩を見た。彼女はここのところ連日放課後になると金沢のクラスに現れて、部活に連れていこうとしていた。彼女は要求をつっぱねつづける金沢に飽きもせず日参していた。
「やー無理。こっちにも予定ってもんがあるし……」
 金沢はにべもなく断った。榛名には申し訳ないが、まだ一、二年生や監督と顔を合わせられる状態じゃなかった。しかし、最も顔を合わせたくないチームメイトのうちの一人である榛名は引き下がらなかった。
「でも、今日は来なきゃだめです――副キャプテンとして」
「どういう意味だ?」
「新チームの主将を決めるミーティングがあるんです。先輩は強制参加っすよ。今おれと行かないと監督が来ます」
 金沢は内心舌打ちをした。――そうだった、今日は主将決めの日だった。さすがに観念して行くしかないか、と腹を括って渋々頷いた。
 急に表情が明るくなった榛名を横目に、友人に予定が入った旨を告げて荷物を持つ。榛名は嬉しそうにそわそわと待っていた。
 教室から出て、生徒が行き交う廊下を並んで歩きながら、新しいチームの主将は羽生葵がいいだろうな、と金沢は思った。榛名も悪くないが、突っ走る所があるから補佐役くらいに収まっておくのがちょうどいいだろう。例年二人選ばれる副主将の残りの一人は、月島絵梨奈あたりがいいかもしれない。彼女はしっかりしているし、物事を客観的に見ることができる冷静さも持ち合わせている。
 そんなことを色々考えていると、榛名が不意に口を開いた。
「金沢さん、何で部活に顔出してくれないんですか?」
「それは……三年がいたらお前らもやりにくいだろうと思って……」
「その逆ですよ。……皆、金沢さん来ないことを気にしてます。……やっぱり最後の試合ですか………?」
 言葉を濁して躊躇いがちに聞く相手に頷いた。
「――そうだな。全然打てなかったし……」
「金沢さんのせいじゃないですよ、負けたの」
 榛名の声音が暗くなる。金沢は思わず彼女を見た。
「金沢さんのせいじゃない。……おれのせいなんです」
「お前、あの試合自責点1だったろ」
「……それでも、おれのせいだったんです。おれが、あいつの異変に気付かなかったから……」
「あいつ? 澤か?」
 即座に〝あいつ〟が誰のことを意味するのかを見抜いた金沢に、榛名が自嘲気味に頷いた。
「あいつが試合でおかしかったの、金沢さんも気付いてたでしょ?あれ、単に緊張してたんじゃなかったんですよ」
「どういう――?」
「……あいつ、あの試合手え抜いたんすよ。意図的に」
「まさか――」
 金沢は頭が真っ白になるのを感じた。澤が手を抜いていた?
「そのまさかっす。あいつ、おれの肩が心配とかいう下らない理由で、ワザと球捕りこぼしたり、クソリードしたりしてたんすよ」
「確かに、あの日の澤は少しおかしかったが、そんな、チームを負けさせるなんて、ありえないだろ………」
 そう言いながらも、金沢はあり得る、と思った。大会でタイトルを獲ることを目標としていない澤ならやりかねなかった。だって、彼女のプレイ目的は、勝つことではなく、榛名の球を捕ることなんだから。
「マジ澤殴っていいっすよ。おれも蹴ったし。―――先輩の夏を台無しにしちゃって本当にすみませんでした。あいつのせいであそこで終わってしまって」
「いや」
 頭を下げて謝罪する相手にしかし、金沢は首を振った。榛名の言ったことが真実だったとしても、澤だけに敗北の責があるなどとはとても考えられなかったからだ。
「仮に澤が本当に手を抜いていたとしても、それだけで負けるワケがないよ。おれが点入れられなかったのも事実だし、点取られても取り返せばよかったんだ。お前らを責める気にはなれねえ――おれが打てなかったのが悪かったんだ」
 言いながら、改めて自分の中にぽっかり空いた穴がその存在を主張するのを感じた。その穴は、敗北の日に開いたものだったが、ふさがるどころか、日ごとに大きくなっているような感じがした。
 榛名が何か言いかけようと口を開いたとき、二人は目的の会議室の前についた。彼女は結局口を閉ざし、何も言わなかった。
 
 黒板側の扉から会議室に入ると、既に野球部の面々はほとんど揃って着席していた。ロの字型に合わせた長テーブルのうち、教室の後方側の最前列に座っていた羽生葵が金沢に気付いて、先輩、と嬉しそうに声を上げる。他の面々も金沢が来たことを喜んでいるようだった。
 窓側のテーブルにつく監督の桃井とコーチの水谷に会釈をして、金沢は黒板側のテーブルにつく沖一沙の隣に着席した。テーブルは大きかったが、部の全員は座れず、一年生の部員はパイプ椅子を各長テーブルの後ろに並べて座っていた。
 向かい側、澤と羽生に挟まれた席に座る榛名を見ていると、視線が合った。彼女はもの言いたげな目でこちらを見ていたが、やがて眼をそらして監督のほうを見た。
「全員そろったね。では、秋の大会に向けて、これから新チームの主将決めを行います」
 監督が話し出すとざわついていた室内が静かになった。
「例年通り、まず三年生から推薦をしてもらいたい。では菊池から、誰を推薦するのかと、その理由を述べて」
「はい」
 隣に座っていた元主将の菊池東亜が立ち上がった。
「自分は主将に羽生を推します。彼女はリーダーシップがあり、この先チームを引っ張ってゆける器です。副主将には月島と飯田がいいと思います」
「なるほど。では次、金沢」
「はい」
 金沢はほかの部員の視線をなるべく意識しないようにしながら、立ちあがって、自分の意見を述べた。
「自分も、新主将には羽生がいいと思います。周りの事がよく見えているし、人望があります。副には榛名、月島を推薦します」
 桃井は頷いて、沖に意見を述べるよう言った。
「主将は榛名がいいと思います。チームをよくしようという気概があるからです。副主将には石神と月島がいいと思います。彼女らは良いサポート役になると思います」
「沖は前の二人とは少し違う意見のようだね。香坂はどう?」
「はい」
 かつては榛名と二枚看板として部を引っ張っていた投手の香坂優が立ち上がった。
「私は菊池と同じく、キャプテンには羽生がふさわしいと思います。副には月島と石神です」
「じゃあ最後、栄口」
 最後に指名された栄口笑子――プロからの評判が最もよい選手のうちのひとり――は、いつものように淡々と言った。
「主将には羽生、副主将には榛名と月島を推薦します。羽生は下級生の面倒見がいいです。榛名は部内で自分の意見を述べられるし、月島は責任感があります」
「――分かった。では次に一、二年生の意見を聞こう。羽生が主将に賛成の者は?」
 ほとんどの一、二年生が手を挙げた。監督は室内を見回して言った。
「満場一致のようだが……どう、羽生?」
 羽生は立ち上がって、すこし気おくれしたように言った。
「自分に務まるか分かりませんが、皆が望んでくれるんだったら頑張りたいと思います」
「そうか。私と水谷さんもあなたに任せたいと思っていたのだけれど、やってくれる?」
「――はい」
 会場から拍手が沸き起こった。桃井は着席する羽生に向かっていった。
「副主将一人はあなたが決めて」
「では……石神を」
 自分の名前が出された石神は、急に我に返ったように椅子から飛び上がった。  
そして何やら不明瞭な声でぶつぶつ呟き始めた。
「石神、どうだ?」
「わ、わ、私はっ、――無理ですっ」
 石神は椅子に足を引っ掛けて転びそうになりながら立ち上がった。
「そ、そ、そ、そんな大役、できません」
「羽生がいるから大丈夫だよ。イシならやれるって」
 隣の隣にいた榛名が励ます。
「そうだよ。うちも石神にやってほしい」
 月島が続くと、他の二年生も次々同意の言葉を述べた。
「でででででも……」
「大丈夫だってイシ、何かあったら助けてやっから」
 石神ははじめ、頑強に抵抗していたが、最終的には榛名の言葉に折れて、副主将を引き受けた。桃井はいかにも自信なさげな石神に、二、三励ましの言葉をかけると、再び室内を見回した。
「では、もう一人の副主将だけど、意見のある者は? 三年生の推薦だと榛名と月島に票が多く集まっているようだけれど、飯田の名前も出ているね」
「じゃあ、自分いいですか?」
 金沢は手を挙げた。桃井がうなずくと、金沢は立ち上がった。
「自分は月島が適任だと思います」
 その提案には理由があった――既に役職に任命された二人と榛名は仲が良い上に、ルームメイトでもある。彼女らは全員才気にあふれているし、向上心もある。個々人には文句のつけようがない。しかし、三人が集合したときにそれが保たれるかは疑問だった。
 つまり、金沢は、あまりにも仲の良い者どうしがリーダーになると、一枚岩の組織になるのではないか、と危惧したのだった。互いを慮って、建設的な批判さえなされないようなリーダーたちは望ましくない。その点では、彼女らとは別に人間関係を築いている月島を入れたほうが無難だろうと思った。榛名個体は決して悪くないが、友人たちと部を総括することを任されたとき、必ずしも部のためになるような采配をするとは思えなかった。
 どうやら同じような考えを持っていたらしい沖が隣でうなずいた。
「僕もそう思います」
「そう……私も同意見です。他に言いたいことのある者は?」
 誰も手を挙げない。桃井は月島の方を見た。
「やってくれるかな?」
「はい。これまでよりももっと結束力があって、柔軟で、強いチームにします」
「うん、がんばっていこうね。……では新主将は羽生、副主将は石神と月島、ということで。じゃあ新主将から一言、お願いできるかな?」
 羽生は緊張した面持ちで立ち上がった。そして自分を見上げる部員たちをぐるりと見渡してから、若干緊張した面持ちで口を開いた。
「皆、夏の大会では悔しい思いをしたと思う。あと一歩及ばなかった。もっと打てれば、もっと守れればってそれぞれ思ったと思う。だからその悔しさをバネにして秋大を勝ち抜いていこう。
 それから、試合に出ていなかった皆も応援ありがとう。みんなの声援のおかげで甲子園という舞台であそこまで頑張れたと思う。声援だけでなくいつもデータどりをしてくれている部員やマネージャーのみんなのお陰で自分たちはあの舞台に立てたと思っている。これからもよろしくお願いします」
 そう言って、彼女は頭を下げた。
「それから、新チームになるにあたってこれまで試合に出られなかった人にもチャンスは回ってくる。そのチャンスを逃さないように、練習に打ち込んでほしい。既にレギュラーの面々は特に努力を怠ることなく頑張るように。さもないと脱落するからな?……以上です」
 一礼して席につく羽生を満足げにみて、桃井は再び口を開いた。
「聞いた通り、秋大は目前です。うちは県大からの出場だけど、練習は怠らないようにね。ではミーティングはこれで終了です。各自荷物を持って、グラウンドに集合」
「はい!」
 次々と会議室から出てゆく一、二年生の後に続いて帰ろうとした金沢は、桃井に呼ばれて足を止めた。
「三年生、今日は参加してくれてありがとう。助かったよ」
 金沢は振り返って、沖や香坂と共に桃井の方を見た。
「新しいチームの主将も決まったし、いよいよ本格始動だね。……金沢、そろそろ練習、覗きに来てやってくれないかな?」
「………」
「あなたを慕う子は多いんだよ。今日分かったでしょ? みんなのあのキラキラした顔! まるでアイドルのファンだね」
桃井はここでクスッと笑った。
「……ご覧の通り、チームは前に進み始めてるんだよ。それを後押し、してくれないかな?」
「……分かりました。今日、寄って行きます」
「うん。それから、羽生のフォローも頼める? 新体制になってからしばらくは、あの子も大変だろうから。いろいろとアドバイスしてやってくれると助かるんだけど」
「―――わかりました」
 金沢が頷くと、桃井は穏やかな笑みを浮かべて頷き返し、踵を返した。
部屋を出てゆく監督の背中を見つめながら、彼女の言葉を頭の中で反芻する。〝チームは前に進み始めてる〟
 もしかしたら、自分も前に進まなきゃいけないのかもしれない、と彼女はぼんやりと感じた。後悔や自己憐憫に浸ってるだけじゃなくて、自分のために、誰かのために、何かしなければならないのかもしれない。
 もしかするとそれは、後輩の手助けをすることなんじゃないだろうか? 
今後の自分の進路を真剣に考えることなんじゃないだろうか? 
あの失敗を糧にして、何かを生み出すことなんじゃないだろうか?
 金沢は深呼吸をすると、グラウンドに向かって歩き出した。


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